花音の中にもう俺はいない
しかし、俺の前にこうして花音は今いるんだ

何度も会いたいと願った
花音の記憶がなくなっても、生きてくれているだけで良いからとあの日何度も願った

「......えっと...、......」

ここにいる花音は俺の知っている花音ではない

「悪い、...人違いだ」

俺は適当に平謝りをし、花音が去ろうとした時、横から松本がいきなり割って入ってきた

「あの!あなた私たちが探している人にすごく似てるの、名前教えてくれない?」

「...............」

花音は怪訝な顔で俺たちを見た
当たり前の反応だ、誰だってそうなるに決まってる、いきなり引きとめられて名前を聞かれているなら尚更そうなるに決まっている。

「松本、もういい、...「日向、花音...」

疑いが、一気に確信に向かった瞬間だった
容姿が似ている人なんてたくさんいるだろう、でも名前の一致までは早々いない
そう考えているのは、松本も同じようで目線で俺に判断を求めている

「日番谷、どう...「時間を取らせて悪かった、」

それを全て無視し、あえて知らないふりをした

「...いいえ、見つかるといいですね、その人」

じゃあ私はこれで、と花音は去っていく
嫌な顔くらいすればいいのに、あんな言葉を言うなんて、相変わらずお人好しなのだろうか

「なんで、何も言わなかったのよ」

「...うるせえ」

俺は、ただ怖いんだ
俺を知らない、会った事などないという言葉が。
どこかで花音ではないという確証を望んでいたんだ
そしたら、俺の中の花音は変わらずあのまま、俺を好きだと言う姿のままなのだから

「もっとちゃんと話さなくてい...「あいつは俺を知らない、話す事なんて何もねえよ」

松本は何か言いたそうだったが、俺はそれを無視して先を歩く。大体こいつにとやかく言われる筋合いなんて全くない。むしろこんな余計な事をしやがって迷惑なくらいだ

「それ、本気で言ってないでしょ?」

「だから何度も言ってんだろ、お前には関係ねえ」

俺と花音の大切な思い出に干渉されたくないんだ
何も知らないあいつに世話になる必要もなければ、同情される必要なんてもってのほかだ

...もう俺があの日のごめんを伝えたところで、ただの自己満足、何も変わらない。
きっとあの日で全て終わったんだ、俺の中の花音は...死んだも同前だ

「...もう、俺に構うな」

「...............」


僅かな希望も、俺を突き落とす布石にしか過ぎず、ただ傷が深まるばかり
...俺は救われない、救われようと少しでも思ってしまった事がさらに傷を深めてしまう結果になった

年月が人を変えたのか、いきなり現れた花音と接触する事にただならぬ恐怖を感じ、逃げ出したくなる
...あの日の俺ならどうしていただろうか
この状況でも尚、花音の側にい続けるだろうか、...答えはイエスだろう

でも今は、俺のいない花音は当たり前で、それなりに幸せなのかもしれない
なのに俺がその花音の日常に入り込む必要性が一体何処にあるんだろうか


...俺はいつからこんなに臆病な奴になってしまったんだ
情けない、そんな事俺が1番気付いている

信じられるものひとつあればいいのに、なんて思ってしまう事自体、弱くなってしまったのか

花音に知らないと言われてしまった事は、俺の中で大きな意味を持ったらしい。それこそ、俺の存在理由すらも疑わしくなる

「...ふっ、」

何年ぶりかに笑ったのは、自分に失望した嘲笑だった




「...今更何を恐れているのよ」

駅に向かって先を歩いていると、後ろから松本が俺の腕をがっと掴んだ

「死んでいたと思っていた人に会えたんでしょ?!なんで、...なんでそうなのよあんたは...」

松本の瞳は少し潤んでいた
何故そんなに俺に関わるんだ、何故俺にここまで手を貸すんだ、わからない

「だから、俺の知っている...「そんなの関係ないわよ!あの子の病気を1番分かっているのはあんたでしょ?!何のために医学部に来たのよ!あの子の為なんでしょ?!」

「............」

そうなんだよ
全ては花音を愛する気持ちからの行動だ
研究の途中で知っていたんだ、花音が仮に生きているとしたらこうなると言う事に。
それでも、もしかしたらと思ってしまった俺の勝手な理想論が壊されただけの話だったんだ

「そんなに愛した人が生きてるのに、なんでその人を受け入れようとしないよ...、私はあんたが羨ましくてしょうがないわ」


...きっと同じなんだと思った、松本と俺は。
愛する人を失ったという事実において。


「もう一度ちゃんと考えてみなさいよ、...ショックだったのもわかるけど、...本当の気持ちを」

俺が好きで、愛しているのは俺の事が好きなあいつじゃない
今の花音を否定するということは、それを安易に認めてしまうということと同じだ

俺が好きな、愛している花音は、花音そのもの、存在であって俺への気持ちを愛していたわけではない

そんな簡単な事すら俺は見落としていたんだ

「...本当にお前はおせっかいな奴だ」

何故かこんな奴のお陰かは知らないが、気持ちがほんの少しだけ軽くなったような気がした

「松本、......ありがとう」

「いーえ、今度ご飯奢ってよね」

その図々しくて鬱陶しいくらいの態度も、今だけは許せたんだ
感謝しなくてはいけない、俺と花音を出会わせてくれたことに。







それから数日後、またいつもと同じ毎日を過ごす
ひとつ変わったとすれば

「日番谷じゃない!おはよ!」

「......はよ」

「相変わらず無愛想ね」

松本の鬱陶しい絡みだ
俺を見つけては、一言声をかけないと気が済まないらしい。そしてそれに応える俺に周りも動揺を隠せないらしく、少しぎこちない空気が流れる

「じゃ、またゼミで!」

「......ああ」

嵐のように去って行った松本
こいつに出会って、一日の発言回数が大幅に増えた気がする
...人と関わる事も、久々だ

「あの、」

そう思うや否やまた後ろから声を掛けられる
どうせ松本の友達だろ、俺に話しかける奴なんてこの大学にはいな...「この間はどうも」

振り向いた先にいたのは花音で。

「......なんで、此処に...」

「乱菊さんに教えてもらったんです」

俺が聞きたいのはそういう事ではなくて、何故花音から会いに来たのかという事だ
という疑問も驚きから俺はなんて言葉をかけていいかわからず、沈黙を続けていると、花音の方から話し始めた

「この前、人を探してるって言っていましたよね?......私も実は探しているんです」

「............」

俺は更に言葉を失い、呆然としていると花音は笑いながら

「噂に聞いてた通り、無口な人」

と、髪を耳に掛けながら言う
俺の無反応に困っている事が、その癖からすぐにわかった

「誰を探しているんだ」

「わからない、でも探してるの。見知らぬ顔を探してるんです」

相変わらず、よく分からない事を平気で言うんだ、自分にしかわからない事を平気で。

「何故、俺の元に?」

だから、よく俺がこうして導いていた。懐かしさがほんのり沸いてくる

「...貴方に会えば、何か分かるんじゃないかって。勘ってやつかな」

「......そうか」

花音は一体誰を探しているのは見当もつかない。が、俺を尋ねるという事には何か意味があるのだろうか

「それに、初めて会った気がしなかったんです」

予想外のその言葉に俺の心はまた高ぶった
全て、無かった事にはなっていないと。そして恐らく花音は間違いなく花音であると。

「もしかしたら、私たち探している人一緒だったりして。あ、それはないか、だってこの前...「お前だ」

「...え?」

「俺が探しているのは、お前だ......花音」



それでも君を、愛し続ける?



俺たちの運命が、また大きく動き出す





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