「冬獅郎...」

「花音、なんで...」

花音が俺を見つめ、呼んでいる

その姿は、見慣れたパジャマ姿ではなく、お気に入りと言っていたワンピースを着ていた

「冬獅郎、...どうしたの?」

花音は俺の顔を覗き込む
...そんな顔しないでくれよ、笑ってくれよ
そんな想いから俺は、何の疑いもなくすぐそこにいる花音に触れようとし、手を伸ばした瞬間、

「バイバイ」

花音は俺を突き飛ばし、走ってどこかへいってしまう

「花音!!」

声の限り、力の限り叫んだ
もう見失わないために、もう決して離さないために
追いかけ、あと数センチで手が届くのに、花音は...また消えてしまった





「.........ちっ」

目を覚ますと、かつて通っていたあの日々と同じ白い天井
体のだるさと、腕に刺される点滴を感じて一気に現実に引き戻される

「.........はあ...」

...だから、思い返す事をしなかったんだ、したくなかったんだ

こうして夢となって、幻想となって現れるから
目が覚めると何もなくなるんだ、存在も、温もりも何もかも。ただ虚しさだけが残ってしまう

その度に、深い傷をえぐられるんだ
一生かさぶたになんかならない、何年経っても生傷のまま

それが辛くて、自分が憎くて仕方が無くなる

俺は何故生きているんだ、と



「日番谷、」

だるさから目を閉じていると、上から聞き覚えのある声が俺を呼ぶ

「......なんだよ、帰ったんじゃねえのかよ」

そこにいたのは松本だった
また無意味に絡まれなければならないと思うと、具合の悪さが更に増す

「何言ってるのよ、あれから2日も経ってるのよ」

「2日?......にしても俺はお前と話す事なんかねえ」

「本当に失礼な奴ね、はいこれゼミの資料と、2日分のノートとプリントね」

松本はどん、と俺の前に大量にプリントと資料を置く

「.........なんで...」

率直な感想だった
たった数日前に初めて話したくらいのこいつに、こんなに親切にしてもらう義理なんかない

「...ただの嫌な奴だと思ってたけど、そうでもないみたいだからね」

「は?」

俺は怪訝な顔で松本を見た
松本は腰に手を当て、相変わらず偉そうに俺を見下ろす

「......なんだよ」

「...好きだったのね、すごくとても」

「見たのか、あれを」

俺の机にきっと置きっぱなしにしていたであろう花音の日記
今まで誰にも見せた事はない、見せる必要もなかった
他人に読まれたのは初めてで。

「......もし、その子にまた会えたらどうする?」

「んな事絶対ねえよ、あいつは余命3ヶ月だったんだ」

そう言うと、松本は目を見開いた

「看取ってないって事?」

「......ああ」

何故こうも驚いているんだ
軽蔑しているのか?彼女の最期に立ち会っていない俺に、彼女の葬式にすら出なかった俺に。

「あんた今日で退院なの、私とデートしましょ」

「はあ?!ふざけるな、なんでお前なんかと。俺にはやる事あんだよ」

冗談じゃない、
こんな奴と数分話すだけで疲れるのに、一緒に時間を過ごすなんて時間の無駄、また俺が倒れるのも時間の問題だ

「いいじゃない、少しくらい」

「断る」

しつこ過ぎる
花音の日記を読んだ事となんの関係があるというんだ

「あんたに見て欲しい人がいるの」

それを聞いた瞬間、俺は松本の言っている事を全て理解した

「............生きて...いるのか」

「わからないわ、...ただ、似てる人を見たのよ」

「それはどこだ」

俺の捨てたはずの希望が僅かに光だす
そんなはずはない、と思う気持ちと花音と再会出来るかもしれないという期待

何度裏切られても、やはり期待してしまうのだろうか
だが松本の言ってる事だ、まるで信用ならないが...

「連れていってくれ」

僅かな希望にすがりたいんだ






「あそこの花屋よ、あんたの写真を見た時にどこかで見た事あると思ってたんだけど...」

松本に連れて来られたのは、小さな花屋だった

「私この横のカフェでよくお茶してるから、店員さんに見覚えあったの」

花音は花が好きだった
花屋で働いていても全く不思議ではない
俺の期待と緊張は最高潮に高まっていた

花屋の中を覗くと、店員が1人いたがそれは花音とは似ても似つかない人だった

「今日はいないのかしら」

花音に似てるという人物がいなければ話にならない
俺たちは店を出ることにした

「いつもはこれくらいの時間にいるんだけど...」

松本の適当な言い訳を流して歩いていると、前方から1人の女性が歩いて来る

「あ、あの子よ!」

顔が良く見えない
少しずつ近づいてくる、そして顔が見える位置まで距離が縮まった瞬間

俺の全ての時間が止まった

髪の毛の色は黒髪だった高校時代とは違うし、顔も化粧をしているからなのだろうか、あの頃の顔と全く同じというわけではない

でも、すぐに分かった

根拠はないが、分かるんだ、
...あいつは間違いなく花音だ


「花音!!」


反射的に呼んでしまった

もし花音じゃなければ振り向く事はないだろう
でも、その人は振り返ったんだ

「...花音、」

もう一度呼ぶ、ずっと呼んでいなかった名を
呼びたくて、会いたくて、触れたいと何度も願い、そして何度も叶わないと諦めていたはずなのに
ここに来て、俺の希望は救われたんだ

「......え...?」

花音はそのまま動かない
俺は花音に近づき、抱きしめようとした瞬間、


「...誰?」



......俺の希望は救われた
しかし、それは最悪の形で。そして最悪の言葉を返される

「どこかで会った事ありました?」


声も、困った時に髪を耳にかける仕草も、花音そのものなんだ

違うのは、あの頃よりもさらに綺麗で
...俺の存在そのものが消えているということ





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