「もしもし、…お母さん?私、花音だけど」 数年ぶりに家族に電話をした 『いきなりなに?』 相変わらず冷たいお母さん、ずっとそうだった。それはお父さんも同じ、まともに会話した記憶もない 「私明日から入院するから」 『だからなに?お金が必要なの?』 本当に私の事がいらないんだと毎度思う お金は十分過ぎるぐらい毎月振り込まれている、それで文句を言うなとでも言うように 「………もう話すこともないかもね」 『…あの子が受験で忙しいの、いちいちそんな事で電話しないで』 今年中学受験の妹、親の期待と愛情は全て妹に注がれてきた 私がこの病気だとわかってから、両親は私に対する全ての関心を失った。親のような国会議員には絶対になれないから。どこかの雑誌に子供は一人と書かれていた。私はいない事になっている 「そっか、頑張ってねって伝えておいて」 返事はなく、一方的に電話は切られた 「………大丈夫、悲しくない」 誰もいない部屋で何度も呟いた 早く明日になれって思った 今日あった悲しいこと全部を忘れていることを祈って。 「…………」 気がつくと外はうっすら明るかった ここ最近は意味のわからない頭痛と至る所の体の不調に苦しまされるせいで寝覚めは最悪 「………覚えてる」 色んな事は忘れてしまっているのに、冬獅郎と昨日会ったのかさえ定かではないくらい忘れてしまっているのに、胸の痛みの理由ははっきりと覚えていた 私は、寝巻きのまま家を出た 何時間歩いただろうか 目的地にたどり着くことが出来ない いつも辛いことがあると必ず行っていた場所なのに、道がわからない おまけに雨まで降ってくる 携帯も忘れて冬獅郎に電話出来ない 私はもう一人では生きていけない、誰かに支えられないと生きられない 雨も本降りで、どこの道から来たのかもわからない、体もだるいし寒い。少し荒れた川を見ながら河川敷で横になった 「…馬鹿野郎」 声のした方を見ると、冬獅郎が肩で息をしながら立っていた 「何してんだ、携帯も持たねえで」 「わからない、なんだろうね」 冬獅郎は持っていた傘を私に差し出し、上着を私の肩に掛けた 「風邪引くだろ、帰るぞ」 そう言う冬獅郎の表情は見るからに怒っていて、…少し怖かった 「……なんで怒ってるの」 「はあ……お前な、」 大きなため息をつき、私の肩をがっと掴んだ。そして、 「一人で俺の手の届かないところへ行こうとするな、一人でなんでも解決しょうとするな、…どうせ全部忘れるとか言うな」 今までにないくらいの剣幕で私に話した、というよりは怒っていると言った方が正しいのかもしれない 「…………」 「何か文句あんのか」 私が首を横に振ると冬獅郎は私をぎゅっと抱きしめた 私も濡れている冬獅郎の背中にぎゅっと腕を回した 「…冬獅郎、」 「なんだ」 「なんで、悲しかったり辛い記憶は無くならないんだろうね」 「…………」 なんでかはわからないけど、言葉がぽろぽろとこぼれ落ちる 冬獅郎は怒っているはずなのに、抱きしめる力からは優しさを感じて涙が出そうになる 「幸せだったはずの記憶は無くなっていくのに、ね、なんでだろう…」 私は今泣いているんだろう、目頭が熱いし、雨でよくわからないけど冬獅郎が私の頬に伝うものを拭ってくれている 「みんな同じだろ」 「……え?」 「辛かったり悲しかったことだけ鮮明に覚えてるんだ、きっと楽しかったこともあったんだろうけどな」 冬獅郎の髪はどんどん濡れている それでも全く気にせず、ひたすら私が雨に当たらないようにしてくれた 「だから、人はこうして一緒にいようとするんだろ」 冬獅郎が本当に好きで好きで堪らない 人をここまで愛せるのかっていうくらい私は冬獅郎が大好きで、私に触れる指先すらも愛おしい 「…冬獅郎、私から絶対に離れないで、私を愛し続けて、…私を一人にしないで」 「今更何言ってんだ…当たり前だろ」 その笑顔は反則だから 「お前は俺無しじゃだめなんだろ?」 この時の冬獅郎のいじわるな笑顔は尋常じゃなくかっこよくて、私の頬はまた熱くなった 雨は止まない、虹も出ない それでも傘があれば大丈夫、冬獅郎がいれば大丈夫 そうでしょ?冬獅郎 しおりを挟む |