「…それは、どういう事ですか」

「そのままの意味だよ」

花音の診察の付き添いで病院へ行き、ロビーで待っていると花音がこの前仲よさ気に話している看護師に連れられ、診察室に行くと花音の主治医は俺の顔を見るなり俺を、花音をどん底に突き落とす言葉を突き付けた

「命の保障はないって…」

「あの子は親がいないと言っても過言じゃない、君しかいないんだ」

「…......」

「それに、これからあの子はきっと君をたくさん傷つける。それでもあの子の側にいる覚悟を持てるかい?」

そんな事どうでもいい、いくら花音が俺を傷つけようと知った事ではない
それよりも、

「余命はあとどのくらいなんですか」

知りたくもないし、こんな事絶対に聞きたくない、でも知らないと後悔するのは目に見えていて。

「わからない、明日死ぬかもしれないし、もしかしたら10年20年生きるかもしれない」

「………」

「でも、記憶が無くなっていくのは確実。あの子も自覚はあるしね、きっと体もつらいはずだよ」

「…そうなんですか」

いつも大丈夫と言っていたから大して気にしていなかったが、やはりそうだったのか。

「…俺はあいつの側から絶対に離れません」

「頼んだよ」

花音の家庭事情はこの時初めて知った
花音には妹がいる事、親が国会議員だという事、花音が生まれてこの病気だと知り、ほとんど親は花音に構っていなく、花音が中学に上がった時に家族で花音を置いて引っ越していった事。

花音が、俺が離れていくことを何よりも恐れていた理由がわかったような気がした

花音はずっと一人だったんだ

「冬獅郎、何話してたの?」

「お前の病気の事」

ロビーに戻ると花音が俺を待っていた

「なんか面倒くさくてごめんね」

「いちいち謝んなよ、…気にしてねえから」


"もしかしたら、明日死ぬかもしれない"さっきからこの言葉がずっと離れない、俺の思考回路をどんどん蝕んでいく

「家、送ってく」

「うん、ありがと」

花音がいなくなってしまう事に現実味を帯びてくるが、この元気な姿を見ると全てさっきまでの話は偽りに聞こえてしまう

「………えーっと…」

…でも、花音が自分の家までの道がわからなくなっていて、また現実に引き戻される。

「…こっちだ」

「……………」

「花音、大丈夫だ」

花音はそれから何も話さなかった。よほどショックだったんだろう、俺もそれからは何も話しかけなかった

「疲れただろ、ゆっくり休めよ」

花音の家の前に着き、手を離すと

「冬獅郎、」

「どうした?」

「…やっぱりなんでもない」

花音はそそくさと家のドアを開けようとした

「花音、」

「本当になんでもないから」

俺は花音を後ろから抱きしめた

「…ずっと一緒だからな」

「……うん、ありがとう…」

俺にはこのくらいの事しかできない。花音の表情は見えないが、花音を抱きしめる俺の手の上に冷たいものが落ちてきた

「泣くな」

「…泣いてない、……よだれだよ」

「汚ねえな、いつまで垂らしてんだ」


きみの心に触れさせて


花音が言う、"よだれ"はしばらく止まることはなかった
俺は花音の"よだれ"が止まるまでずっと側にいた

「…お前のよだれは頬を伝うのかよ」

俺の肩に寄り掛かって眠る花音に独り言のようにそっと呟いた





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