「信じられない!」

放課後、案の定花音はご立腹だった

「悪かったな」

「絶っっ対、そんな事思ってないでしょ」

簡単に俺の本心は見ぬかれ、花音はさらに不機嫌さを募らせているようだった

「……でも、嬉しかったよ」

だが、その意外な言葉に俺は少し驚いた

「冬獅郎、今日いろんな表情してるね」

「お前が俺の想定の範囲外の行動ばかり取るからだ」

「それはお互い様だよ」

そこに、さっきまでの不機嫌な顔はなかった。

「そういえば、」

「ん?」

花音の家の近くの公園のベンチに座り、しばらく雑談して暗くなる頃に帰る。これが最近の日課になっていて、そして今日も二人でそのベンチに座っていた

「なんで今日あんなに爆睡してたんだよ」

「あー、テスト勉強だよ」

「は?何の」

「数学に決まってるじゃん、毎日確認テストあるでしょ?」

その回答は意外過ぎた
確かに毎日テストはあるが、わざわざ勉強するほどではない。それは花音にも言えることで、花音はもともと数学はかなり得意のはず。何故そこまで勉強するのか理解出来なかった

「お前数学得意だったよな」

「うーん、最近なんだかついていけなくて」

「……何があったんだよ…花音、大丈夫か?」

これが俺の正直な感想だった
成績優秀な花音が特進クラスから落ちるなんてありえない。ずっと何かあるとは思っていたし、実際何かあったようだ。いずれは話すと言っていたが…

「冬獅郎はさ、もしもだよ?もしも私と別れるとしたらどんな理由で別れる?」

「は?」

花音の考えていることは全くわからない。俺が花音を理解していないというよりは、花音は人に、俺にもたまに心を見せないからだ

「例えば、私が事故で寝たきりになったり…例えば、……身体のどこかが不自由になったりしたら別れようと思う?」

その花音の顔は、例えばとかという仮の話をしている表情ではなかった

「…本当に馬鹿だな、俺が花音を守るって言ったろ?」

「守るって、どう守ってくれるの?事故が起きないようにいつも四六時中私の側を離れないってこと?それとも…「花音、…俺は何があっても絶対離れねえから。安心しろ、だから…」

そう言うと、花音は少し思い詰めたようにしばらくの間俯いた
俺はひたすら花音の重い口が動くのを待っていると、ついに花音はゆっくりと俺の目を見据えて話しはじめた

「私、ずっと持病があるの」

「……ああ」

「でね、……」

全てを聞いた
俺はここ最近の謎が一気に解決したと同時に、やり場のない思いが溢れた
どうしようもなくただ記憶が消え失せ、他の症状はよく分かっていない。こんなに医療は進んでいるはずなのに、何故、という苛立ち。そして何も知らずに守るだの上っ面な調子の良いことを言った自分への腹立たしさ。

「…ごめんね、私欠陥品なの」

花音は自分自身を責めている
そんな必要なんてないのに
俺に捨てられる事を何よりも恐れて、必死に隠そうとしていたなんて本当に馬鹿な奴だ

「もう絶対そんな事言うな。俺が花音の側にいる、花音の大事な記憶はこれから俺が預かっとく。だから怖くねえだろ?」

怖くないわけなんかない。そんなの分かっているけど、俺にはこれしか出来ない。花音の心に少しでも余裕を持たせるようにする事しか。


「…ありがとう、冬獅郎……」

「だから、大事な思い出は俺に話しておけ。いつでも思い出させてやるから」

「…うん」


こぼれる前に抱きしめて

俺が見た花音の三回目の涙は、嬉し涙だった


「私の大事な思い出は冬獅郎との思い出だけだよ」

涙を流しながら笑う花音の顔は、不謹慎ながら美しかった

俺に出来る全ての事を花音にしてやりたい。その時この笑顔に誓ったんだ





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