ラブソングは5線譜から始まる

「もう、辞めようかな」

私には向いてない。やっぱり普通の学校に進学するんだった。軽い気持ちで音楽の道に進んでしまったけれど、思ったよりずっと辛い。

「逃げるのか?」

「逃げるんじゃなくて、本来私がいるべき場所へ行こうと思ってるの」

「…へえ」

冬獅郎はいつもの無表情だった

「何か弾いてみろよ」

目の前にあるピアノを親指で指しながら私に促す

「辞めるって言ってんじゃん」

「いいからさっさと弾け」

私はしょうがなしにかばんから楽譜を取り出し、練習曲を弾く。ちらっと冬獅郎を見ると腕組みをしながら目を閉じていて、
その姿があまりにも綺麗で、目を奪われてしまったが私はなんとか平静を保つように、ピアノを弾くことに専念した

「ピアノは弾いてる奴の性格や気持ちが伝わってくるんだ」

「……で?」

「俺に弾かせろ」

冬獅郎は楽譜も見ずにサラっとベートーベンソナタを弾きやがって、出来も最高クラス。文句のつけようがない。

「どうだ?」

「いや、普通に文句なしの出来ですよ」

「そうじゃねえだろ」

冬獅郎は少しイラついているのか、私に鋭い視線を送る

「お前はな...、この曲の表面しか見てねえんだよ」

「.........」

「ミス無く弾くことだけを考えていたら、中身が無くなる、下手になるんだよ」

私は冬獅郎が言っている事がよく分からなかった
だって、ミスタッチをする事は下手だということでしょ?
それを考えいると下手になるんだなんて意味がわからない。
そういう風に言えるのは冬獅郎だからであって、ミスをしないという前提での話にしか聞こえない

「...だから、私には向いてないんだってば、そんな事出来ないの」

「お前って本当に馬鹿っつーかなんつーか...」

「はあ?ちょっと黙ってたら、言いたい放題言いやがって」

辞めるって言ってんだから、「ああそうか」みたいないつものテンションで言ってくれればいいじゃん、今更ぐだぐだ言わなくてもいいじゃん、そもそもこんな事を言うこと自体冬獅郎らしくな...「俺は花音の音が好きなんだ」

「いや、だから何回も......え?」

いきなりの爆弾発言に私は動揺を隠せなかった
今まで冬獅郎とは同じ授業だったりなんなりで関わってきてはいたけれど、こうした事を言われるのは初めてだったから
この男がこんな事言うなんてあり得ない、今日は雨が降るのではないか

「なんだそのアホ面」

「いや......だって私下手だし...、先生に怒られてばっかりだし...」

そう言うと、冬獅郎は大きなため息をついた

「だから何回も言わせるな、俺は花音の弾く、お前らしい音が好きなんだ。間違いの多さじゃねえ」

「...私らしいって?」

「はあ.........、」

冬獅郎は本日何度目かのため息をついた。私はこの言葉の意味が知りたいという思いから、お互いしばらく沈黙が流れる

「...そういう、馬鹿みてえに真っ直ぐで澄んでいるということだ」

ため息混じりに話した後、「もう言わねえからな」と目を少し反らしながら言った

「冬獅郎、」

「あ?」

「...ありがとう」

「.........ああ」

夕焼けの教室
逆光で私の少し赤らんだ表情が見えない事を祈った
だって、冬獅郎も少し赤くなっていたから







ラブソングは5線譜から始まる









「...そう考えると私も、冬獅郎の音が好きだよ」

「うるせえよ」

「冬獅郎の音は、なんとなく幸せになれるから」

ずっと冬獅郎の弾くピアノが好きだった
それは、完璧にこなしているからだと思っていたけど、きっと弾く音が綺麗だからだろう、冬獅郎らしさが溢れているからだろう

「今更こんな事言っても、説得力ねえよ」

そうは言っても、冬獅郎の顔は赤くて、自然と私の頬が緩んだ

「なに笑ってんだ」

「べつにー」


もし自惚れてもいいのなら、この恋が始まるのは時間の問題かもしれない

だって、こんなにもお互いの頬が熱いんだもの










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