不協和音
あの日、貴方は私にこう言った
「俺には護りてえものがある」
そうして、私の前から姿を消した
力を手に入れる代わりに、私の手をほどき、数十年後に隊長となって再び私の前に姿を現した
「.........お久しぶりですね」
執務室に入ってきたものの、私とは目を合わせようとしない、罪悪感があるのだろうか、
何も恥じる事などないのに。
だから、私から声を掛けた
貴方の道は間違っていなかったと、私は貴方を恨んでもいないという意味も込めて。
「......ああ」
素っ気ない返事は相変わらずだけども、あの頃よりはずっと自信を持っているように見えていて、あの頃よりずっと逞しく隊長たる威厳を持っているように見えている
「......副隊長が見当たらねえんだが」
「あー、基本あの人居ないんで」
「はあ?...どういう事だ、長期任務か?」
そんな話聞いてねえぞ、と大きなため息をつき、ずっと空いていた隊長席に座る
「なんというか...、良く言えば自由な方で、悪く言えばただのサボりです」
「何なんだそれは...、要は後者という事だろ」
そして、たった今座ったのにも関わらず直ぐ様立ち上がり執務室を出て行こうとする
「探しても無駄ですよ、探されると分かっててサボってますし...霊圧消してます」
私がそう言うと、本日二回目の大きなため息をつき、机の上に積み上がった書類を横目で見ると、軽く舌打ちをしてまた席に着いた
「...いつもこの量をこなしているのか」
「いつもは、もう少し少ないですね、今日からは隊長がいらっしゃるのでこの量だと。」
あの頃は対等だった私たち。
本当に強くなったのだと嬉しい反面、少しだけ胸も痛むのは気のせいではないだろう
今ではもう手も届かない存在になってしまった
久々に本当に久々に会った貴方が、こうして隊長羽織りを着て私の上官になっているのだから
「...お前は努力家だからな、今まで大変だったろ」
ボソッと言った言葉を私は聞き流す事は出来ずに、作業の全てが止まった。...私の事なんてもう忘れていると思ったから、この胸に大きな癒えない傷を負わされた張本人からの言葉だとは思えなくて。
「......それにしても俺に対する敬語、似合わねえな」
隊長という立場からだろうか、それとも振った強みなのだろうか、余裕を見せた笑みを見せる...ように見えるが、あの人も私との関わり方を探っているんだろう
顔には出さないけども、なんとなくそういう雰囲気を感じる
「上官ですから。それとも敬語じゃない方がよろしいですか?」
「...それはお前に任せる」
私の反応が意外だったのだろうか、一瞬間があった
もともとお互い多くを話すタイプではなかったし、性格だけで言えば似たもの同士だったのかもしれない
あの頃の私だったらきっと、こんな風には言っていなかっただろう。それは、私たちが違う環境で過ごしてきたという変えようのない、縮めようのない時間の産物であるんだと改めて自覚した
「........お前も変わったな、話しながら書類なんて出来なかったろ」
「私だって成長くらいしますよ、それなりに。」
そう、それなりに。
貴方のような天才と呼ばれる事はないけども、人並みには努力はしてきたつもり
あの頃は、なんでも完璧にこなす貴方の横でただ羨望の眼差しを向けていたけども、今は違う
貴方が居なくても、立って歩けるの、生きていけるの
「......なあ、」
「なんでしょう」
こういう風に話し始める時は、大概あの人の中では重大な決心や、意思表示をする言い方で、その癖が今もまだ残っているのら、きっと何かあったという事なのだろうか
「運命や巡り合わせのようなものを信じるか?」
出てきた言葉は意外すぎるものだった
夢見がちな話なんかする人なんかじゃなかったし、そんな話を久々に再会した元恋人に聞くようなことだろうか
「らしくないですね、貴方がそんな事を言うなんて」
「ああ、そうだな」
何を思っているのだろう、考えているのだろう、あの頃よりもさらに見えない
「あの頃の俺は自信がなかった、全てにおいて。でもこうして会えた事は偶然なんかじゃねえと思ってる」
「.........その冗談、笑えない」
胸が高鳴る、頬が熱くなる、それを気付かれたくなくてあえて気のないふりをした
「花音、」
そして名前なんか呼ぶなんて卑怯すぎる
「これが運命だというの?...私たちが再び出会う事が。」
でもね、貴方は違うの、運命の人なんかじゃない
「...俺はそう考えている」
「......必要だった時に手放して、必要じゃない時に戻ってきた人なんて運命の人じゃない、...それに私を手放してまで貴方が護りたいものは、私じゃないでしょう?」
だってそうでしょ?運命の人は、お互いの波長が、お互いの需要が合う時に巡り会うもの
不協和音
私と貴方は、お互いにただ長い人生の通過点でしかない運命であって、末永く愛し合う運命ではなかった
「...やっぱり俺には敬語を使え。......俺はお前の上官だからな」
日番谷隊長、私は貴方をお慕いしています
「ええ、その方がよろしいかと私も思います」
ですが運命の人じゃなかったのはとても残念でした