恣意的相愛感情
悲しくても、悲しいとは言えない
辛くても、決して辛いとは言えない
日番谷隊長はそういう人です
「……隊長…」
言葉が出なかった
藍染との戦いが終わったものの護廷十三隊の隊長、副隊長達がほとんどみんな瀕死状態で帰ってきたから、そして日番谷隊長や乱菊さんもそのうちの一人だったから
私は片方の腕と足がない隊長を直視することができずに、目線は下を向いたままお辞儀をして
「…お帰りなさい」
と言うと隊長は私を見ることもなく
「………ああ」
とだけ短く返事をした
「お怪我は…「大したことねえ」
どう見ても大した事ないわけがない
四番隊の人たちはそれを示すかのように隊長の周りを囲んで離れず、私は邪魔者でしかないから側を離れることにした
「日向、」
「はい」
私が背中を向けた瞬間、隊長は私を呼び止めて
「松本の側にいてやってくれ」
「……はい」
また私を見ることなく、ただ目線の先にある空を少し睨むように見ていた
こんな風に怪我をする隊長は初めてで、こんな風に悔しさを滲ませる隊長を見るのも初めてで、どんな言葉をかければいいのか分からない。
むしろ、言葉なんて望んでないのかもしれない
それでも、私は隊長を放ってはおけなかった
十番隊、雛森副隊長、全てを抱えている隊長を。
「乱菊さんは、もうそろそろ退院できるみたいですよ」
「そうか」
戦いから一週間、執務室には私と隊長だけの日々が続いていた
隊長はいつも以上に無口で、外出する事も多くなった
「...誰も悪くないですよ」
「......何のことだ」
分かっているはずなのに、知らないふりをする
傷を隠そうとしている
「隊長は、何ひとつ間違っていません。胸を張ってください」
「......っ」
一瞬、ほんの一瞬だけ隊長の表情が変わった
「自分を責めないで下さい、...ほんの少しでもいいですから、私たちにも気持ちを分けて下さい」
みんな心配してますよ?
と少しおどけて言うと、隊長は私をじっと見つめ、そして
「悪い、少しだけ肩貸してくれ」
私の肩に隊長の額が乗った
「...こっちに帰って来た時、日向がいて、少し安心した」
「そうですか......」
「俺のせいだと思ってる、松本も、雛森も、他の奴らも」
それからは何ひとつ話す事は無く、ただ沈黙が流れた
気がつくと私は隊長の頭を優しく撫でていた
「らしくねえな」
「たまにはこういうのも悪くないんじゃないんですか」
隊長は少し笑ってくれて、私はほんの少しだけ安心した。隊長の眉間のシワが一瞬でも消えたから。
「...お前にこんな事を言われるなんてな 」
「意外と見てますよ、隊長のこと」
精一杯の気持ちを伝えた
それは、遠回しな愛の告白でもあり、遠回しな忠誠を誓う告白でもある
どう受け取るかは隊長次第。
「...今度こそ俺が守る、お前も...この隊も全部」
隊長は額を私の肩から離し、私に背を向けた
「だから、もう日向もそんな顔すんな」
「え...」
「俺も意外と見てるんだぜ、お前のこと」
私の言葉を聞かないうちに隊長はいなくなった
恣意的相愛感情
悲しいとはいえない、辛いとはいえない隊長
私はそんな隊長の側にいよう
強くなるその姿を一歩後ろから見ていよう
隊長が、もう迷わないように。