この前は感じなかったのに、今日は何故だろう。こんなにも、気持ちを掻き乱され、そして一緒にいるこの時間が大切な気がして。冬獅郎は、そんな事思っている筈などないのに。

「...どうした」
「なんでもない」

横目で私を見る姿も、緩めたネクタイとボタンをいくつか外したせいでシャツの襟から覗く鎖骨も、普段そんな事考えた事もないのに、私を魅了していた。

あり得ない。なんで、こんな感情になっているのか。こんな事、思ってはいけないのに、何故。

「もう風邪引いたのか?早いな」
「えっ、ちが、ちょっ、」

冬獅郎は私に近づき、額に手を当てて熱を計る。距離を詰められた事が何よりも恥ずかしくて、それよりも、こんな事を思っていると気づかれたくなくて、混乱する思考。

「お前絶対平熱低いだろ」
「なんでそんな事わかるの!」
「いや、今触ったし」

「死んでるみてえだな」と付け加える冬獅郎。私にちょっかいを出してるつもりなのだろうか。でも、そんな冬獅郎が理解出来なくて。いつもの学校での冬獅郎のイメージがあまりにも強過ぎるから。笑っていいのかすら分からない。

「...お前までそんな目で見るのか」

冬獅郎の瞳から温かさが徐々に薄れていく。まるで、感情がどんどん消えていくかのように。

「悪りい、今のは忘れてくれ」

何故、冬獅郎は私にこんな事を言う。...そんな理由、ひとつしかない。私に、助けを求めているから。

その、無言の訴えを、サインを無視してはいけない。私が無視してしまうと、もう冬獅郎はこの温かい、本当の冬獅郎に戻ってこれないような気がして。

「冬獅郎、待って」

私から離れる冬獅郎のシャツの裾を引っ張った。そして、気がつくと私は後ろから冬獅郎を抱きしめていた。

濡れたシャツから冬獅郎の体温が直接伝わる。とても温かい。それと同時に、何故こんな行動を取ってしまったのかと、今更後悔する。冬獅郎の表情が見えない分、怖さは倍だった。

「...うわっ」

その刹那、冬獅郎のズボンの後ろポケットに入っている携帯のバイブが何度も鳴る。この静寂な空間に、その振動音だけが響き渡る。なのに、冬獅郎は一向に取る雰囲気はない。

「冬獅郎、鳴ってるよ」
「...ああ」

冬獅郎は私からの言葉でようやく携帯を取り出し、その着信を出ずに切った。そしてそれと同時に、電源も落とした。

「わざわざ切らなくてもいいのに」
「......充電が切れそうだった」

その意味深な間から出た言葉は本当なのだろうか。私の方を向く冬獅郎は、どこか感慨深さを感じさせた。

「...なあ、俺たちが最後に会った日、覚えてるか」
「うん、はっきり覚えてるよ。あの場所で会おうって」

意外だったのだろうか。冬獅郎は一瞬、小さく動揺したように見えた。
しばらく沈黙が続いた。もしかして、冬獅郎はやはり覚えていなかったのか。お互いがお互いの出方を見ているような、嫌な沈黙が流れた。

「...私は約束通り、あの場所に行ったよ」

だから、私から言った。覚悟を決めて。
覚えていない事なんて、当時から分かり切っていたのだから。

「...俺も行った」
「え?!」

それは、あの頃からの私の失望や、悲しみや、長い長い恋の終焉の全てを否定する事実だった。

「だが飛行機が遅れて、時間通りには行けなかった。...悪かった」

私の貫いていた恋は、なにひとつ恥る事はなかった。冬獅郎も覚えていてくれたのだから。冬獅郎もあの場所に来てくれていたのだから。

「泣くなよ、...泣き虫」

冬獅郎に言われて初めて気づく、涙を流していた事に。こんなに嬉しい事はない。だって、冬獅郎もずっと私と同じ気持ちだったという事なのだから。


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