冬獅郎がいると思われる屋上には、行かなかった。何度も行こうと思った。あの日以来、距離が縮まったと思っていたのだけど、それは私だけだったらしい。 次の日からは、また人が変わったように冷たい目をし、人を拒絶し、私を見据える目も鋭かったから。それに恐怖すら感じた。
あの学校祭の日からずっと太陽は隠れてしまっている。今日は特に天気が悪くて、まるで私と冬獅郎の再会を約束した日のように、午後から猛烈な豪雨が襲っている。
「傘、忘れちゃった」
そういえば、いつも修兵が傘に入れてくれたから、こんな心配要らなかった。ああ、少しだけ寂しいかもしれない。 なんて少し感傷に浸りながら、放課後の教室で雨が弱くなるのを待っていた。
「君、もう施錠するから下校しなさい」
学校の警備員に促され、ふと時計を見るともうそんな時間だった。外は更に土砂降り。仕方ない、駅までの我慢だからと意を決して外に出ると思った以上に風も強い。小走りで駅に向かった。水溜りに足が何度も浸かり、前髪は額に張り付いて気持ち悪い。ようやく着いた駅に何故かひと気はなかった。
「え...、嘘」
電車は動いていなかった。 この豪雨と突風なら仕様がないのかもしれない。家まで歩けないわけではないけど、電車以外で通学した事はなく、土地勘がない。ビニール傘を買うにも、今日に限って財布を忘れる大失態。
修兵に電話...と頭を過った。しかし、電車が動いていないのだから連絡を取ったところで余計な心配をさせてしまうだけ。それに、下手をしたら、自転車を使ってでも来るとか言いだしかねない。歩くしかない。いつ動くか分からない電車を待てる気がしないから。
仕方なく外に出る。 線路沿いに歩けばなんとかなる気がして。
「何してんだ」
雨の中、傘を差す冬獅郎が私の前に現れた。
「電車動いてないから、歩いて帰るの」 「はあ?頭悪いのか、傘も差さねえで」
今、私の前にいる冬獅郎は学校祭の時の温かい冬獅郎だった。動揺する私を尻目に、冬獅郎は私に傘を差し出す。
「これ差して帰れ」 「え、いいよそんな、冬獅郎濡れちゃう」 「俺がいいって言ってんだ」
どんどん濡れていく姿を見ているのはどうしても気が引けた。でも冬獅郎はどうしても傘を差し出してくる。
「冬獅郎は電車待つの?」 「いや、俺も歩いて帰る」 「じゃあ、一緒に帰ろうよ。私、土地勘ないから、道よくわかんないし」
そう言うと、冬獅郎はしばらく悩んだ後、渋々承諾した。 2人で相合傘をするなんて、幼い頃に数度あるかないかだった。なんと無く近いお互いの距離に、自分からこのシチュエーションを提案してしまったものの緊張する。
降り止まない雨に、突風。少し歩いていると、段々嫌な予感がしてきた。
「...傘、壊れそうだよね」 「......そうだな...」
思わず顔を見合わせる。すごい気恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。これだけで照れる自分が馬鹿馬鹿しくて、顔をそらそうとした瞬間、
「.........どうしようね」
傘は突風で、冬獅郎の手から飛んでいってしまった。それはもう勢いよく。傘の骨組みも曲がって、完全に壊れていた。
「家、どこだ」 「あと1時間くらい。冬獅郎は?」 「...俺も同じくらいだ」
閑静な田舎町。コンビニなんてあるわけがない。周りは広大な農地。私たち2人はぽつんと取り残されたよう。どんどん濡れていく冬獅郎。濡れた髪を掻き上げる仕草が、とても色っぽくて、私はまた頬が熱くなるのを感じた。
「あそこで少し休むか」
冬獅郎の指差す先にあるのは、小さなバス停の待合室だった。屋根はついているけれど、木製のせいもあってか、雨漏れは酷かった。それでも、屋根があって、座る場所があるのはとてもありがたかった。
「...ったく、ひでえなこの雨」
少しイラついた様子で、制服のネクタイを緩めた冬獅郎。ひとつひとつの行動に、私の心を鷲掴みにするような意図を感じさせるくらい、私はきっと...冬獅郎に惹かれていた。とても、どきどきする。この時間だけは、修兵の存在を忘れるくらい。
「風邪引くなよ」
そして、この心地よい声に。
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