"何時くらいにこちらに着きそうですか"


このメールを数時間前に修兵に送ってから、携帯を何回もチェックしているのに返事は一向に返って来ない。いつもならすぐに電話も出てくれるのに、電話すら出てくれない。

約束の時間になっても現れなかった修兵。

1人では行く所もないし、なんだかすごく惨めで、誰もいない教室の窓から、楽しそうな学校祭の景色を眺めていた。

午前中に来ると言っていたのに、もうお昼。何人かが教室に戻ってきて、ここで1人でいるのはとても気まずい。慣れない校舎を歩き回り、誰もいなさそうな場所を探した。何度携帯を見ても、やはり修兵からの連絡はない。こんな事は初めてだった。

そして、気が付けば屋上。立ち入り禁止を無視して鍵の壊れた扉を開けると綺麗な青空。誰もいない事を確認して、座ってただぼーっと相変わらず賑やかそうな様子を他人事のように眺めた。

「...修兵のばーか」

お昼を過ぎると、お腹も空いてきた。賑やかそうな様子を眺める事も飽きてきた。こんな事になるなら、ちゃんと昨日も断れば良かった。後悔ばかりが頭を過る。
まさか事故にあったのではないか、それとも学校祭を抜けようとして失敗してしまったのか、なんて余計な事ばかり考えるようになっていった。

ガタンッ、と扉が開く音がした。驚いて振り向くと、そこには冬獅郎がいた。
...最悪だ。ただでさえ落ち込んでいるのに、1人でいたいのに、なんでここで会ってしまうのか。
そんな思いを知ってか知らずか冬獅郎は私をちらっと見ると、何も言わずに何かが入った袋を私の横に雑に置いた。

「腹減ってんだろ」
「...え?」

私の方を一切見ずに、当たり前のように私の隣に座って飲み物を飲んでいる。

「食わねえなら、寄越せ」
「あ、いや、食べる」

袋を開けるとパンと飲み物が入っていた。何がなんだか分からなくて、でも正直お腹はかなり減っていて。
なんで私がここにいる事を知っていたのかも分からない。でも、冬獅郎は相変わらず無表情。じっと見つめたところで分かる筈などない。

「ありがとう、いただきます」

何故か、しばらくの沈黙は嫌にならなかった。

「学校は慣れたか」
「う、うん」

突然の質問に、頷いてこう返事する事しか出来なかった。この前のような、人を拒絶するような、そんな空気など今は感じなかったから。

「...元気だったか」
「.........っ、」

なんでだろう、ぽつりと呟いたその言葉は温かかった。しかし、なぜ今更、とも思った。でもそれ以上に嬉しかった。
気が付くと涙が溢れていた。この学校に来て孤独感しかなかったから。友達だって、まだお互い手探りの関係。しょうがないと思っていた、当たり前だから悲観的になってはいけないと思っていた。
なのに、こうして冬獅郎の一言で全てが崩れた。私の事を知っている人がいたという安心感。緊張の糸が切れた。

「元気だったよ、ずっと...」
「そうか、良かった」

もう一度、冬獅郎を見た。
無表情だけど、温かかった。あの再会した日の冬獅郎が、今までの冬獅郎が嘘のように。言葉は少ないけれど、今が正に私の知っている冬獅郎だった。私の記憶の中の冬獅郎。

「変わらねえな」
「何が?」
「意地っ張りですぐ泣くとこ」

私が悔しくて涙を拭い、「意地悪なところは変わらないんだね」と言うと、冬獅郎は遠くを眺めながら、「そうだな」とまた少しだけ儚げに呟いた。

「...入学した時、俺がこの屋上の鍵を勝手に壊したんだ」
「えっ...」

冬獅郎はそれ以上は何も言わなかった。
きっと、それはこういう事だと汲み取っていいのだろうか。

"俺はいつもここにいる"
というかなり遠回しなメッセージだと。


ヴァリアスィオン
変化




「もう、行くの?」

立ち上がった冬獅郎に尋ねると、冬獅郎は相変わらず何も言わず、校門の方を親指で指すとさっさといなくなった。


屋上から覗くとそこには、息を切らした修兵がいた。

「花音ーーーーーー!!今着いたーーーーっ!!」

私を見つけるなり大声で叫ぶ修兵。

「おーそーいーーー!!」

私も大声でそう叫んだ。安心した。嬉しい、もしかしたら怒ってもいいのかもしれない。
でも、それよりも一瞬だけ、冬獅郎の方が気になってしまった自分に、自己嫌悪した。



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