「色々と初めは慣れるまで大変だろうから、うちのクラスの学級委員に日向のお世話係って言ったら語弊があるかもしれないが、まあ困った事はそいつに何でも聞いてくれ」
「...分かりました」
新しい学校生活が始まる事にやはり不安だらけだった。しかもその学級委員、聞くところによると男らしい。それを聞いて心底がっかりした。男だと女子の友達を作る糸口に出来ないではないかと。
朝一番で更に憂鬱になった私は、担任の後ろをついて長い廊下を歩く。 教室の前で担任が私の簡単な説明をしているのが聞こえる。手招きをされ教室に入ると、当たり前だけど痛い程の視線。
「日向花音です。よろしくお願いします」
見慣れない校舎、見慣れない教室、見慣れないクラスメイト。担任に促されるまま、適当に自己紹介をしてお辞儀をする。
しかし頭を上げた瞬間、私は目を疑った。誰も知らない筈のクラスメイトの中に、一人だけ銀髪の少年が混じっていたから。それは、私があの頃思い続けていた人そのものだったから。私の中の時間が全て止まる。会いたいと願い続けていた人が、でも諦めざるを得なかった人が、今この空間に存在しているのだから。
「...日向、......おい日向」
「は、はい!」
「学級委員の隣が日向の席だ。学級委員、手あげてくれ」
運命の悪戯なのだろうか、手をあげたのは、銀髪の少年だった。 何の躊躇いもなく。私の事など知らないかのように。私の動揺なんて伝わる事などないかのように。表情ひとつ変えず、ただ私を見据える。翡翠の瞳は何ひとつ揺るぎはしない。それが、とても冷たく感じた。
「よ、よろしくお願いします」
「...ああ」
私だよ、覚えてる?だなんて言えなかった。 あの頃とは何もかも違ったから。 まるで何かを拒否するかのような眼差しに、何かが抜け落ちているような無表情。私の記憶の彼と合致するのは外見しかなかったのだから。
「日番谷、放課後に校内を案内してやってな」
「...はい」
日番谷と聞いて確信した。私があの頃、本当に好きだった初恋の人であると。彼は私に気付いていないのだろうか、本当に忘れ去ってしまったのだろうか。あの約束は忘れてもいい。でも、私そのものが消え去ってしまったというのだろうか。
...今の彼にはあの頃、子供心にでもとても輝いて見えた彼の面影は何も無かった。
「此処が保健室で、体育館はここの真下だ」
淡々と説明される。私はただ早口で早足な彼の後ろを小走りで追いかける。とても、嫌な空気だった。息が詰まるような、そんな感覚。事務的な事しか話してくれない彼に苛立ちも感じる。何故、こんなにも人に対して冷たいのだろうかと。
「...で、お前が今朝いた職員室がここだ。もう大体分かっただろ」
「......ありがとう」
私の言葉なんか聞いていないかのように、さっさと「じゃあな」と帰ろうとする彼。
「冬獅郎!...待って、冬獅郎でしょ?」
ピタリと止まった彼の動作。 何故、彼の名を呼んでしまったのだろうか。きっとそれは、やっぱり会いたかったから。会えて嬉しかったから。だから、はっきりさせたかった。私を忘れてしまったのなら、そうはっきり言って欲しいから。その一言で私は満足出来るから。
「私のこと、覚えてる?」
振り向いた彼はやっぱり無表情だった。 きっと、お前なんか知らないと...「覚えてる」
「...え?」
「覚えてるって言ったんだ、それがどうした」
ルヴワール 再会
漸く会えた彼は変わり果てていた。
こんなに冷たい話し方をする人ではなかった。もっと温かい人だった、もっと優しい人だった。 私の中で、美化し過ぎていたのだろうか。 あの楽しかった筈の日々は私の中で勝手に良い思い出となって誇張されていったのだろうか。
何れにせよ、ひとつ分かる事は あの幼い頃の日番谷冬獅郎ではなかった、ということ。
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