3 庶民と貴族

女だったら誰だってお姫様になりたい。
女だったら誰だって王子様に一度くらい愛されてみたい。
でも、成長していくにつれ気付いていくの。絶対的な身分制度に。




「俺は身分がどうとか関係ねえと思うんだが」

「それは貴方が貴族だからですよ、私のような庶民とではどう考えても釣り合いません。お引き取り下さい」


庶民の住む質素な下町に、貴族オーラを眩しいくらい輝かせて現れた冬獅郎さん。
彼の後ろには白馬。はっきり言ってこの場には相応しくない。そして周りの視線はとても痛い。


「つれねえなあ、昔はホイホイ着いてきたのにな」

「その時は貴方がこんなに身分の高い方だと知りませんでした」


冬獅郎さんは小さくため息をついて、


「この店で1番高価なペンダントをこの子にプレゼントしてくれ」


と雑貨屋のおじさんに言って、私が持った事もないような多額のお金を置いた。


「あ、釣りはいらねえからな。足りるだろ?」

「は、はい!むしろこんなにたくさん置いていかれて宜しいのですか?」

「構わねえさ、花音が世話になってるんだからな」


お決まりのドヤ顔で私とおじさんを見ると、颯爽と白馬に乗って不似合いなこの下町を去っていく。私は大きな溜息をついた。


「花音、あの態度は何なんだ。あの方に失礼じゃないか」

「...いつもああなんだもの。嫌になっちゃう」

「あんなに良くして頂いて何が不満なんだ」

「おじさんには分からないわよ、私の気持ちなんて」


嫌なの、ああやってすぐお金を置いていくところが。私たちの質素な生活を小馬鹿にされているようで。あたかも私たちが不幸であるかのように扱われるのが。
私は決して裕福ではないけど、今この下町で暮らしている事が幸せだから。

...それに、私のような庶民の娘があの人と釣り合う訳がない。きっと遊びに決まってる。庶民の娘を捕まえて小馬鹿にしてすぐ捨てられる。そんなの嫌。


「ほら、あの方からのプレゼントだ」


おじさんは冬獅郎さんが言った通り1番高価、と言っても安物のペンダントを私に手渡した。


「...ありがとう」


以前、見た事もないような、それは高貴なペンダントを冬獅郎さんは差し出してきた事がある。それを私は受け取らなかった。
私には私に相応しい生活があるから。そんなものを頂くわけにはいかないと。
その時も冬獅郎さんは「じゃあ嫁に来い」と言っていたけども。

だから、きっとそれを覚えていたんだろう。私がここの物なら受け取るのだろうと。

何故、私なのだろう。同じ上流階級の人達は美人で華やかできっと冬獅郎さんにお似合いの方たちがごまんといるのだろうに。

幼い頃、相変わらずの白馬で迷い、この下町に冬獅郎さんが現れた時が私達の出会い。その時は身分なんて良く分からなくて、それ以来度々遊びに来る冬獅郎さんとよく遊んでいた。
でも、成長するにつれ決定的な身分の違いが露呈してくる。華やかな貴族の生活と私の質素な生活とのギャップ。着ている物、金銭感覚、貴族独特の行事。...そして貴族の女性達の圧倒的なオーラ。私と冬獅郎さんは釣り合わないのだと気付き始める。




「よう、女性がこんな夜に何してんだ?」

「...暑いから涼んでるんです。冬獅郎さんこそどうしてまたいらしたのですか?」

「奇遇にも、俺も少々暑さに参ってな。涼みにきたんだ」

「随分と涼むには長旅でしたね」


一時間はかかる。ここまで来るのに。なのに何度も私の為に足を運ぶ。


「受け取ってくれたか?俺からのプレゼント」

「ずるいですよ、私が断れないと知ってあの店で買ったのでしょ」

「当たり前だろ、俺は花音に受け取ってもらいたいんだから」


嫌だ、心が動いちゃう。いつも私をあの手この手で大きく揺らがせようとするんだもの。嫌いよ、冬獅郎さんなんか。


「俺はいつだって本気で花音に向き合ってるぞ」

「そんな嘘言わないで!庶民の娘なんか相手にするわけないじゃない!もう来ないで!貴方なんか嫌い!」


こうでもしないと、もうこの人は分かってくれない。遊ばれて簡単に捨てられて、綺麗な同じ貴族の女性と結ばれるのを見せられる位なら、初めから何もなければいい。
...私の心を動かそうとする貴方なんて大嫌い。


「お金じゃ私は買えないわ、高価な物を与えられても私は揺らがない、庶民の娘で遊ぶなら他をあたって」


沈黙が流れた。それはとても重苦しい。冬獅郎さんは何も返さなかった。ただ、じっと聞いていた。きっと嫌われた。
もしかしたらこの場で殺されても可笑しく無い。でも、言った事は後悔してない。全て本当の気持ちなのだから。


「...成る程」


数分の沈黙の後、漸く発した冬獅郎さんの言葉はこれだった。


「貴族の俺が嫌いなら同じ貴族になればいい。そうすれば何ひとつ花音が気に病む事はない」

「だから、そんな簡単に言わないで」

「簡単だ、俺の嫁になればいい」


気付くと私は冬獅郎さんの腕の中。とても良い香りが私の身体を包む。なんでこんな事になっているのか分からない。


「疑う余地もない位、早急に事を進めてやる」

「庶民から貴族になるなんて皆に笑われるわ、そんなの絶対嫌よ。もうやめて」

「花音を笑う奴は俺が許さねえ、花音を泣かせた奴も許さねえ、花音が貴族である事に不幸だと感じたら...ここに帰ればいい。その時は俺も貴族の位を捨てて一緒に住む」


呆れて物も言えない。......本当に馬鹿みたいに真っ直ぐな人。嘘偽りのない瞳。断る理由なんか見つからなかった。
隠し続けていた気持ちを冬獅郎さんにあぶり出されてしまったから。


「...もう一度言う、花音、俺に着いて来い。一生幸せにする」






貴方を愛するという事




それは、貴方に一生ついていくという事。

貴方が喜んでいるのなら共に喜びましょう。貴方が苦しんでいるなら共に苦しみましょう。
貴方が私にそう誓ったように、私も貴方を離さない。



「愛してるんだ、花音ずっと昔から、今もこれからも」

「...私だって好きよ」


初めてのキスは、貴方の香りが身体いっぱいに広がった。


「俺は愛してるって言ったんだが...、素直じゃねえな」

「もー、そんな些細な事はどうでもいいでしょ?」


「愛してる」は、しばらく取っておくの。
貴方をもっともっと知って、もっともっと好きになったその時までに。






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