7 愛す者と愛を見つめる者(後)

奇妙な関係だった。
日番谷くんと日番谷くんの彼女と私。気がつけば日番谷くんの彼女が学校に来るといつも3人でいるようになってた。

日番谷くんの彼女は私をとても気に入ってくれていた。理由は分からないけど。でも、私もそんな彼女に惹かれていたのは事実だった。彼女は女の私から見ても魅力的だったから。だからあの日、日番谷くんが言っていた言葉は嘘であって欲しいと願うようになっていた。


「日番谷くんって、普段無愛想だけどやっぱり大好きな彼女の前だとデレデレしたりするの?」

「うーん、デレデレっていうか...ベタベタしてくるかな」

「うっわ、...きんもい」

「意外でしょ?ふふ。冬獅郎には内緒ね?機嫌損ねたら厄介なの」


関われば関わるほど外見の可憐さとは裏腹に気さくな子だということに気付いた。何でも話してくれるし、こうして冗談も言ってくれる。それと同時に、日番谷くんの彼女しか知らない意外な一面を知ってしまって、何となく微妙な気持ちになる事もある。


「待たせたな、...って何笑ってんだ」

「冬獅郎には内緒ー!ね?」


職員室から帰ってきた日番谷くんを見るなり、彼女は人差し指を口に当てながら私に視線を寄越して、日番谷くんに小さな意地悪をした。


「帰るぞ」

「ねえ怒った?ごめんね、女の子同士のお話だから」

「んな事で怒ってねえよ、ほらさっさと乗れ」


少し嬉しかった。なんだか彼女の特別な存在になれたような気がして。

日番谷くんの自転車の荷台に乗る彼女。
ぎゅっと日番谷くんに掴まるその行為は何度見てもとても愛らしい。
...しかし制服姿を見るのも、こうして日番谷くんの自転車の荷台に乗る姿も、日番谷くんのいない時にこっそり恋バナをするのも最後だった。


「...あいつに会ってやってくれ」


それは突然だった。日番谷くんからの電話。
言われた通りの場所へ行くと綺麗な一軒家が見えて、そこの玄関先に日番谷くんは立っていた。


「玄関入って直進して右に曲がると襖がある。そこにあいつがいるから、相手してやってくれ」


早口にそう伝えると玄関を開けて私を招き入れた。


「日番谷くんは?」

「話が終わったら呼んでくれ。2人きりで話したいんだと」


嫌な胸騒ぎがした。会いたくなかった。でも会いたかった。元気な姿しか見た事がないから、どういう反応をしていいか分からない。
襖に手を掛けた。ゆっくりと開けると、いつものように笑っている彼女がいた。


「久しぶり、元気だった?」


何でもないかのように、私に話し掛ける。その窶れた身体や顔色の悪さ、見ていて辛い。
日番谷くんは毎日こんな思いをしていたのだというのだろうか。「こんなつもりじゃなかったんだけどなあ」とやっぱり笑うけど、私は何ひとつ笑えなかった。


「...来てくれてありがとう。ひとつお願いをしたくて呼んでもらったの」

「何でも言って!」


私の裏返った声にやっぱり彼女は笑った。そして私に手招きすると、彼女は


「冬獅郎を1人にしないであげて」


と言った。「えっ」と小さく呟くと、彼女は今まで見た事もないくらいの真剣な表情で


「私がいなくなったら、冬獅郎の側にいてあげて欲しいの。...私の元に行くって言い兼ねない。寂しがり屋だけど強がりだから、不器用な事言うかもしれない。傷つけちゃうかもしれない。でも、決して冬獅郎を見捨てないであげて。本当は誰よりも優しいから」


そう私に言った。私は無言で何回も頷いた。それを見ると彼女はまた優しく笑う。


「ありがとう、こんな私と仲良くしてくれて。最初で最後の最高の大切な友達」

「ずっと、親友だから。ずっとずっとずっと...」

「泣かないで?まだ私元気だよ」


泣き崩れた。泣き崩れたいのは彼女の方なのに。優しく頭を撫でられると更に涙は止まらない。その間も力はないけども、ずっと頭を撫で続けてくれた。


「遅いから心配して来てみたら...何してんだ」

「私の為に泣いてくれてるの、冬獅郎、わたし幸せ者だね」

「......そうだな、」


日番谷くんは、少し私に呆れ顔だったけど、彼女の言葉に頷いた。彼女にしか見せない優しい表情で。


「また明日来ていい?」

「ありがとう、嬉しい」


毎日、通うと決めたこの場所。
その筈だったのに、その夜彼女は亡くなった。まるで私にあの言葉を伝えるだけの為に生かされていたかのように。

皮肉にも次の日に訪れたこの場所はお通夜の会場となっていた。
しかしあんなにずっと一緒だった日番谷くんは姿を見つけられない。何回も電話をしたけど出はしない。嫌な予感がして、会場を出てひと気のない路地裏を探すと、日番谷くんは壁に寄り掛かってじっと下を向いていた。


「お通夜、始まるよ」


一瞬たりとも動かない。まるで私の声なんて響いていないかのように。


「日番谷くん、早...「触るな」


ビクッとした。感情が無いかのように私の腕を振り払う。声の掛け方が分からない。でもこのままじゃいけないというのは分かる。亡くなったあの人の為にも。


「あの人をいなかった事にするの?あんなに毎日一緒だったのに、最後は見てあげないの?...そんなのあの人がいなかったのと一緒。...あの人を殺さないで」

「...向き合う勇気が無えんだ。怖いんだ、あいつの眠った顔を見るのが」


ずっと側にいたからこその恐怖。明日いなくなるかもしれないと毎日を生き、徐々に弱っていく姿を隣で見てきた日番谷くん。私だったら耐えられない。


「あの人は幸せだって言ってた。過保護で小姑みたいだし、たまに拗ねたりしちゃう事もあるけどそんな日番谷くんの全てが好きって...「あいつはいつも幸せだって言うんだ。だから、もし苦しそうな顔をして眠っているのを見たら、俺は...」

「それでも向き合わないと。あんなにもお互い愛し合ってたんだから。あの人はずっと向き合ってきたんでしょ?日番谷くんだけが逃げてどうするの」




初めて日番谷くんが顔を上げた。その顔は疲れきっていた。フラフラと私の元に寄り、「肩、少しだけ貸せ」と言って私に見えないように泣いた。背中を摩りながら、この儚い恋の終焉に私も泣いた。







貴方を愛するということ






どんな事があっても貴方の側に居続ける事。
貴方の愛の終末を見届ける事。








何十年と時が経った。
日番谷くんは白い部屋で横たわる。そうして


「...やっと、あいつに会える」


と小さく呟くと、安らかに眠った。
生きて、生き続けた日番谷くんの最期はあの最後の日見た彼女と同じような優しい笑顔だった。まるで彼女が隣で笑っているかのように。



これが、愛を見つめ続けた私の昔話。







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