6 愛す者と愛を見つめる者(前)

最初に受けた印象は、近寄り難くて無愛想で何となく怖い。次に受けた印象は、儚く今にも消え入りそう、なのにどこか強い意思を感じる。

...そして、今は
誰よりも、切なくて悲しい恋をしてる人。




日番谷くんに初めて会ったのは、転校初日。座席が隣だった。しばらくは怖くて何も話す事は出来なかった。
でも、学校祭の準備で同じ班になって少し、世間話程度は話すようになった。帰り道も一緒でよく帰っていたけど、やはり無言は多い。
その少ない会話の中で、日番谷くんは一回だけ私に問うた事がある。


「人は誰かの前から消えたら、死んだも同然だと思うか」

「生きているならそんな事はないと思うけど」

「...なら、死んじまったら、そいつはいなかったのも同然となると思うか」


とても悩んだのを覚えている。それは適当に返してはいけないと本能が感じていたから。この返事次第でこの人との関係が終わるか続くかが決まる気がしたから。


「その人をどの位愛していたかだと思う。例えば今どこかで誰かが亡くなっても私達はその人を知らないから、始めから私達の中には存在しない。でもその人を愛していたならそんな事はない、私達の中に存在する。」

「すなわち、俺たちの認識の有無だという事か」


日番谷くんはいつにもなく厳しい表情をして何かを考えていた。その横顔が不謹慎ながらとても美しいと感じた。


「...じゃあ日番谷くんはどう考えてるの?」


そう話を振ると、一瞬驚いたように目を見開き、そしてまたしばらく沈黙が続いた後、


「...俺は...、一緒に消える」


と確実にそう言った。でもその後に急いで「俺もお前と同じ考えだな」と前の言葉を掻き消すように言った。

それからは何も話していないと思う。私は日番谷くんの言葉の真意をずっと考えていたから。

でも、ある日その質問の意義が分かる日が訪れる。

日番谷くんは学校を休みがちになった。学祭期間一回も顔を出す事はない。クラスの人達も何もその事に言及しない。
最終日の花火を見ていると、学校の柵の外から日番谷くんの姿が見えた気がしたけども、次に見た時にはもうその影はなくなっていた。

その日の帰り、友達と別れた後いつもの道を通ると今度は確実に日番谷くんがいた。
でも、隣には同い年くらいの浴衣の女の子がぴったりと寄り添っていてとても衝撃を受けたのを覚えている。日番谷くんが優しく笑ってその子を大事そうに抱き締めていたから。

一瞬目が合ったような気がしたけども、私は気づかない振りをして自転車で走り去った。
胸が締め付けられる思いで。

その子が日番谷くんの恋人だというのは次の日すぐ分かった。
ずっと無人だった机にその女の子がちょこんと座っていたから。


「えっと...はじめまして」

「はじめまして。冬獅郎から聞いてたよ、面白い子なんだってたくさん話してくれるの」


ゆっくり優しい笑顔で話すその子は、性格の良さを一瞬にして漂わせる。冬獅郎という響きもまるで嫌味を感じさせない。お似合いなんだな、って完敗を確信させられた。


「おい、べらべらなんでも話すなよ」

「何も言ってないよねー?」


悪戯に日番谷くんを見るその表情は、天使のようだった。あの日番谷くんも、この子の前だと柔らかい表情をする。きっと、お互いが本当に大好き同士なんだろうって初対面の私でさえ分かった。

でもその子はお昼前には帰ってしまった。
日番谷君も一緒に。その事にやっぱりクラスの人達は何も言及しない。

その日の放課後、学級日誌を付けていると日番谷くんは現れた。


「悪りいな、日直の仕事任せっきりで」

「半日もいなかったんだから、始めからいないのも同然ですよ」


眉を顰めて軽口を叩くと、日番谷くんは初めて私の前で笑った。


「なんだその不細工面」

「ちょっと酷いんじゃない?日誌書きに戻って来たのを褒めて遣わそうと思ってたのに」

「あー、悪かったな。俺正直だからつい」


こんなに話す日番谷くんは初めてだった。
徐に私の隣にどさっと座ると机に顔を伏せ始める。あまりにも無防備さに私は呆気に取られた。
日番谷くんとの沈黙はもう苦痛ではなくなっていた。だから、私も無理に話を振る事はない。


「...ありがとな、」

「え?日直?日直如きで日番谷くんがちやほやしてくれるならみんな血眼で日直やりだ...「あいつ、楽しそうにしてた」

「......そっか」


それ以上何て言っていいか分からなかった。それは日番谷くんの顔が見えないからというのもあるし、日番谷くんがとても弱っているように見えたから。...それに、触れちゃいけないような気がしたから。


「...もう長くねえんだ、あいつ」


でも日番谷くんは小さく絞り出すように呟いた。私なんかに。何も知らない私なんかに。
でも、私は日番谷くんのあの儚さの理由が理解出来た。...知らない方が良かったのかもしれないけど。


「馬鹿なんだよあいつ、俺が日直だって話したら見たいとか言いだすし、この前なんて浴衣着て花火見たいとか無理言いやがる」


独り言のように、淡々と話す。相変わらず顔は上げない。きっと何も知らない私だからこそ、なんだろう。


「全部、叶えてあげてるじゃん日番谷くんが。幸せだよ、きっと。だからあんなに笑顔が素敵なんだよ」


私は何も知らない。だからこそ、こう言ってあげる事が出来る。あの幸せそうな彼女の笑顔は日番谷くんの愛が感じられるから。昨日、抱き締められていた彼女の瞳から流れる涙を私は見てしまったから。

それから、日誌を書き終わっても日番谷くんは動かなかった。ふいにその小さな背中を抱き締めそうになったけども、躊躇った。何故こんな小恥ずかしい事をしそうになったのかと自分を疑いながら、職員室に日誌を提出しに行った。






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