「私は貴方を愛せません」
貴方をこんなにも近くで感じられるだなんて、ああ、なんて幸せな事なのだろうか。幸せだと思ってしまってもいいのだろうか。しかしそのような葛藤は、目の前の隊長を見ると二の次になってしまう。

初めて見る隊長の雄の顔に、戸惑いと興奮が抑え切れないのだから。


「隊長、誰か来ちゃいますよ」

「...、誰も来ねえって知ってて言ってるだろ」


好きだ。この人が。何年も待ち続け、漸く触れる事が出来た。私を求めてくれている、隊長の瞳が私だけを映している。


「お前が好きだ」

「隊長、...私の名前、呼んで下さい」


隊長は意外だったのか、ふっと鼻で笑った。そして私をぐっと抱き寄せ、耳元で


「...花音、有難う」


と、呟いた。何故、数ある言葉の中からこの言葉を私に伝えたのだろうか。穢れきった私の心に感謝を感じる事など、なにひとつとして無い筈なのに。隊長は汗で張り付いた私の額の髪を手で器用に直すと、今まで見たことのないような優しい表情をした。私は息を呑んだ。あまりにも素敵で、綺麗で、私には勿体無くて。


「そんな顔しないで下さい...、私が惨めになってしまいます」

「そう思うなら、そうなってしまえばいいだけだ。...感情を抑えるな」


隊長から出た言葉とは考えられないものだった。誰よりも感情を押し殺し、顔に一切出さずに生きてきた隊長。そんな隊長が自分の生き方と正反対の事を私に言うだなんて。


「...隊長には、私がどんな風に映っていますか」


きっと、それには隊長なりの意図があるに違いない。この人は意味のない、上辺だけ繕った言葉など決して言わないのだから。隊長は少し驚いたような表情をした後、私をじっと見つめた。私はその瞳を凝視出来ずに、あからさまに視線を外してしまう。


「俺の前では俺を一切見ねえのに、俺が見てねえ所で誰よりも俺を見てる奴、だな」


隊長はやはり賢い人だった。
感心と同時に、またも私に恐怖と焦燥感を与える。本当は私の犯した大罪に気付いているのではないか、と。それを知りつつ、あえて私に好きだなどと言って復讐をしようとしているのではないか、私が隊長に堕ちていく姿に嘲笑しているのではないか。


「...違ったか?」

「いえ、その通りです」


隊長は私の顔を悪戯な表情で覗き込む。とても美しいと思うのに、とても嬉しいと思うのに私は笑えなかった。


「俺より仏頂面だな」

「そんな事ないです」

「何がお前を不安にさせる」


怖い、怖い。隊長が私の表情を、私の心の中を覗こうとする。耐えられない。隊長は本当に私を愛そうとしてくれているのかも分からない。もう既に心の中で嘲笑っているのだろうか。


「何を怖れているんだ」


隊長は私の核心に触れた。
反射的に大きく顔を反らしてしまった。やはり私には背負う事なんて出来ない、隊長を裏切り続ける事なんて出来ない。それは私の良心からでは無く、虚弱な心が隊長に触れられる度に悲鳴を上げるから。私が私を守ろうとしているから。


「私は貴方を愛せません」


ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり私には無理だったのです。一回でも、形だけでも貴方に精一杯愛して貰えて十分。貴方に溺れてしまうと後にはもう戻れない。

隊長の覚悟をも全て無下にして、また私は私を守った。もう救いようがなく最悪で、根性が悪くて。こんな自分を可愛がる私は、醜悪だ。

私は逃げるように隊長から遠ざかった。当然、顔なんか見ずに。そしてまた、大きな罪悪感を感じて。馬鹿みたいね。


 

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -