「俺たちは間違ってねえ」
自分で自分の逃げ道を塞いでしまった。
近付かなければ、いくらでも逃げ道はあった筈なのに。
それでも私は純粋なふりをして貴方に近づき、そして貴方の隣に図々しくも居続け、貴方に少しでも近づこうとしている。






「......っ、」


長く深いキス。求めていた筈の温もり、唇の感触。唇を離すと絡まる視線。私の頭の中は隊長でいっぱいになる。隊長は私から視線を外そうとしない、いつもなら嬉しくてたまらないのに今だけは違った。
怖くて仕方ない、もし隊長にあの事を知られてしまったらと思っただけで、全身から血の気が引くような感覚と麻痺が私を蝕んでいく。


「...なんて顔してんだ、お前から誘ってきたんだぜ?」


そう、私が隊長を誘った。それはもう変えられない事実。私は本当に汚い。幸せになる権利なんて、喜ぶ権利なんてもう無いに等しい。なのに、現実は私の思うようにはなってはくれない。


「すみません...、今のは忘れて下さい」


だってあの時、隊長に拒否されると思っていたから。隊長に侮蔑され、軽蔑され、そして批難されて私の心をズタボロにされる事によって私は救われようとした、隊長への想いを絶とうとした。それすらも出来なかった私は、もう身動きが取れない。


「...へえ、分かった」

「えっ、ちょっ...」


今度は隊長から私の唇を奪う。やめてと何度も心の中で叫んだ。なのに口からその言葉は微塵も出てこない。
それはこうして欲しいと思っていたのが事実なのだから。分からない、分からない、どれだけ私は傲慢なのだろう。結局は、どちらにせよ私に都合の良い展開となる事しかしていない。


「さっきのは忘れた、でも今のは忘れる必要ねえよな?」

「それは......、」


隊長は私の気持ちを見え透いているのだろう。でも私は顔を伏せる事しか出来ない。どうして良いか分からなくて。
隊長は三席を愛している筈なのに。


「こっち向け、......俺を見ろ」

「...出来ません。私は...裏切れません」


ずるい、とうの昔にもう裏切っているのに。本当に私はずるい。この期に及んでも尚、隊長に好いてもらおうとしている。ああ、嫌気がする。なのに、やめられない。

隊長はそれでも、私の顎を持ち無理矢理に視線を合わせた。


「...長い間、待たせたな」


隊長は何かを覚悟したように言う。それは、何年も隣で飽きる事無く毎日毎日、偽善者を演じ続けてきた私への最高の言葉だった。私が待ち続けていた言葉。


「でも......」

「...俺なりに考えて出した答えがこれだ」


何年も、何年も隊長はこの時期に三席を待っていた。毎年、帰らない三席に溜息とまたひとつ生傷を増やしていた。でもそれは、割り切る、現実を受け入れる準備をしていたんだろう、ずっとその葛藤を続けていた。

隊長は几帳面で呆れるほど真面目。その隊長が出した答えに嘘偽りはない。安易な気持ちで三席の存在を胸の中に仕舞い込み、私に自らの唇を許す事なんかしないだろう。


「俺たちは間違っていねえ」


幸せの権利も、喜ぶ権利ももう無い筈の私。
でも、隊長が覚悟を決めたなら、私も覚悟を決めよう。罪の赦しを永遠と請うのではなく、背負っていくという覚悟を。

...幸せを選んでごめんなさい。

これが私の最後の裏切り。

私の心の中は真っ黒で、汚なくそしてあざとい。そんな私が雪のように真っ白で気品高い隊長の心に入り込んでしまった。

そんな考えを振り払うように、返事の代わりに何度も夢中でキスをした。書類が床に広がりお茶は零れ、湯飲みが割れるけどそんな事も全て無視をして、お互い持つ様々な感情をぶつけるように。


 

bkm
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