隊長が好きだ。
何十年も前から、ずっと、ずっと。
私は、隊長を欺こうとした事がある。
私は、隊長を奪おうとした事がある。
隊長が私を拠り所にして欲しいという気持ちから。愛されたいという願望から。
でも、今は、隊長を救いたいと思う。
何度も傷つけ、傷つき、そしてその胸中を誰にも語らず、誰にも見せず、なのに誰よりも弱い隊長を。
それが、どんなに辛い道だとしても、私は隊長を救いたい。
...隊長を愛しているから。
もう、隊長があんな顔しなくて良いように。隊長が私を三席の代わりだとしても、私はそれすらも受け入れる。
あの日から、ずっと、ずっと自分を責め続ける隊長を救いたいから。
「...やめましょうよ、もう。隊長が傷つくの」
隊長の手を握った。その手は、冷たい。まるで、固く閉ざされた隊長の心のように。
「もっと、我儘言って下さい。もっと、気持ちをぶつけて下さい。...私は何があっても離れませんから」
隊長の表情はなにひとつ変わらない。その表情の下では一体どういう顔をしているのだろう、それすらも今の私には分からない。
「三席の事だって...「あいつの事はどうでも良い、あいつらの好きにさせる」
「じゃあ、なんで返事を引き伸ばしにして...「俺は傷ついてなんてねえ、勝手な想像で俺を語るな。お前に俺の何が分かる」
握った手を無理矢理離した隊長。
また、自分の気持ちから遠ざかる隊長。そしてそこに誰一人触れさせない。
執務室を出ようとする隊長の背中に、私は叫んだ。
「分かりますよ!隊長の事、ずっとずっと好きだったんだから!隊長がどれだけ三席の事を愛していたか!どんなに隊長が苦しんでいるか!ずっと好きだったんだから...!貴方が私の事すら見向きもしなかった頃からずっと...」
一瞬、止まった気がした。
でもそれはやはり、気がしただけで、隊長は執務室を出てしまった。
今日はもう、ここには帰って来ないんだろう、そんな気がした。
私の勘は当たり、隊長は数日間、執務室を訪れる事は無く、尸魂界を飛び回っている。...隊長の顔を見ない日が続いた。今までは大抵の任務は同行する事が多かったから、こんなに何日も会わないだなんて事は滅多に無い。
「...あ、隊長」
霊圧を感じた。久しぶりの、隊長。
どうせすぐ何処かへ行くのだろうかと思っていたけれど、その場から動く気配はない。
戸惑った。会うべきなのか。
しかし、会わなければ、今向き合わなければ、もうダメになってしまう気がした。私と隊長が、とかでは無く、隊長自身と私自身が。...隊長の心が。
「...日向は、俺から離れねえな。本当に」
「言ったじゃないですか、想い続けます、と」
一歩ずつ隊長に向かうと、とても疲れている、という印象を受けた。全てを振り払うかのように、ただ我武者羅に任務をこなして来たのだろう。
「...狡いな、俺は」
この数日間で導き出した答えはこれなのだろうか。私を一切見る事は無い。自分を責めて責めて責め続けているのだろうか。
「隊長は、私の事を考える必要はありませんよ、私が勝手に貴方を想っているだけなんですから。だから、貴方が気に病む必要は何もありません」
「思ってもねえ事言うな」
...それでも、隊長は隊長だった。
やはり賢かった。私の求めようとしている事くらい分かっていて、私がどんなに隊長に愛されたいか分かっていて、それが叶わずとしても、隊長の側に居続ける私を分かっていた。
「...自分を削って俺を救おうとするな、日向は日向のままでいてくれ」
それは、愛して良いという事なのだろうか。
三席の事は考えず、私の愛し方をしても良いという事なのだろうか。最初に隊長が言った「待たせたな」という言葉を信じても良いのだろうか。
「漸く分かったんだ、あいつの言っていた意味が」
今日、初めて私と視線が交わった。
その瞳は、三席が亡くなってから初めて見た、芯のあるものだった。
私は、息を呑んだ。数年ぶりに隊長の本心が聞ける、そう思ったから。
怖い、でも、もう私たちは引き返せない。
そうした関係になってしまった。