「貴方も、泣いていいんですよ」
絶対なんて言葉、絶対に存在などしない。
何故なら、絶対だなんて保証はどこにもないのだから。それを実証出来る事も出来ないのだから。

だからこそ、欲しいのだろう。
絶対、が。





「...日番谷隊長はいらっしゃいますか」

「いえ、数日戻りませんが何かご用ですか」


その男は何度も隊長を訪ねた。
三席を隊長から奪い去った男。嫌悪感しかなかった。隊長を苦しめるから。いや、違う。隊長が苦しむ姿を見て、私の胸が鋭く抉られる感覚になるのが嫌なんだ。...三席を、思い出されるのが嫌なんだ。

...この男が嫌いだ。
私と隊長を深い闇に引きずり込もうとするから。どんなに歩みを進めようとしても、この男がいる限り、何度でも、何度でも歩みを止められる、引き戻されるのだから。


「...会わせて頂けないのですか」

「ご用件だけ、お伺いしておきますね」

「あのお方は、もう俺に会う気はもう無いという事ですか」

「私の独断です。貴方に会わせてはいけないと判断しました」


「ああ、なるほど」と、覇気のないその表情から一転、冷徹な、何か思いついたかのような表情になるその男。
不気味だった。何を言い出すのかと。


「やめた方がいいですよ、あのお方を愛すのは。どんなに愛しても届かない」

「...仰っている意味が理解出来ませんね」


鼓動が早くなるのを感じた。冷や汗をかく嫌な感触もある。...私は動揺している、確実に。見透かされたようなその言葉が、私の心に突き刺さる。何故なら、それは私も微かに感じていた事ではあるのだから。何度も触れられた、隊長の心の片鱗を見た。しかしそこには、私である意義、私が愛す意義があるのだろうかというのは、散々巡ってきたのだから。


「あいつが俺にすがった意義、それは俺があいつを愛していたから。あいつが持て余したあのお方への愛を、俺に全て注いだ」


理解したくなかった。でも、理解出来てしまった。...同じだから。この男と、私は。
隊長の愛が私に注がれるのだとすれば、それは私への愛ではなく、本来三席を愛したかった愛。そして、この男も私も、それぞれに三席を愛し隊長を愛しているのだから。結局、あの2人が深く愛し合っているのだという事。私は、どんなに隊長が三席を愛していたのか、何十年も見てきたのだから。


「代わりなんですよ、俺達は」


私が隊長に与え続けた愛は、隊長には届いていない。隊長の欲しい愛は三席のものなのだから。隊長を癒すのではなく、隊長をなんとか隊長でいさせる為だけにある消耗品。


「...何故、貴方は隊長に会いたがるのですか」

「指輪を返して欲しい、あいつと俺が唯一繋がっているものなんだ」

「......、あの日、三席が隊長に気付かれるかもしれないのに、わざと指輪を付けた理由は何ですか」


指輪は私がまだ持っている。渡すべきなのだろうけど、これだけが聞きたかった。
しかし、それはすぐに後悔へ変わった。


「あの日、俺とあいつは結婚するつもりだったので、ね」

「.........え?なんで...」

「だから許して欲しいんです、俺達の関係を」

「そんなの身勝手過ぎます!隊長の気持ち...「俺がどうしたって?」


やはり最悪なタイミングで現れた隊長。
私は泣き叫ぶ姿を見られ、会わせたくない男にもこのように会わせてしまった。
私の思考は、もはや上手く働かなかった。


「日番谷隊長殿、ご無沙汰しております。この前もお話し致しましたが...「日向、指輪を返してやれ。あと、あの話だが、好きにしろ。俺にはもう関係ねえ」

「...有難う御座います」


もう話が見えているかのように、そして驚くほど冷徹に、毅然と振舞った。全ての感情に蓋をしているかのように。

長年私を苦しめた指輪は、有るべき場所へ戻った。錆び付いて、そして少し血痕が残るその指輪を愛おしそうに見つめるその男は、まるで三席と会っているかのようだった。


「...二度と、俺とこいつの前に現れるな」


隊長の鋭い言葉にも怯む事なく、男は執務室をようやく出て行った。

残された私と隊長。
隊長は私が思っているよりも、ずっと傷ついていた、選択を迫られ、その度に心をまた削っていた。私には知られたくなかったのだろう。隊長はため息をついて壁に寄り掛かり、動こうとしない。


「花音泣くな」


私に対するその言葉が、私を思ってではなく、まるで自分を守るかのように、冷たく、低い声で言う。


「泣くな、分かり切っていた事だ」


そんな筈はない。不貞を働いていたとしても、隊長は絶対三席が戻ってくると信じていた筈。それでも強がりを言う、私に見透かされると分かっていても言うその強がりに、隊長の弱さを見た。




「貴方も、泣いていいんですよ」




一瞬視線を上げた隊長。ふっと、また自嘲気味に笑った。「馬鹿野郎」と一言零し、私を抱き寄せた。


「俺が惚れた女は、いつも泣かせちまうんだ。...あいつも、花音も」


私は更に、泣いた。
隊長が私を惚れた女だと言ってくれたから。まだ三席を愛している事も十二分に感じたから。そして、隊長の心の痛みに触れてしまったから。私がいる手前、隊長自身が救われたいと望んだ手前、愛する三席を他の男へ託す決断。それが、とても切なくて。

ひとつ分かったのは、あの日から隊長は恐れている。
何かを失うことに。
失わない為の決断は、自身の気持ちすらも無視してしまう程に、恐れている。


 

bkm
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