雨は隊長の髪を伝い、頬を濡らす
まるで、泣いているかのように
綺麗に、そして、哀しく
「...松本、か。余計な事言いやがって」
抱き締めた耳元で聞こえる隊長の声。落ち着いていて、冷静だった。いつものように、心など乱されていないかのように。それが、また私を悲しくさせる。
「...あったけえな、お前の涙」
隊長の首筋に落ちる私の涙。それは雨の冷たさと混じらなかったようだ。何度も隊長は私の涙を拭った。そして、初めて優しく微笑む。
「なんでそんなに泣くんだよ」
「分からないです、隊長がどんな気持ちでいるのか。でも、悲しくて辛いんです」
そう、隊長の気持ちなんか分からない。本当はもっと、残酷なのだとも分かってる。私は何も知らない。表面的な話しか。三席はあの男と関係を持っていて、それも隊長は知っていて、...そして三席を亡くした。
あの頃の私はただ、幸せな隊長と三席なのだと思っていた。本当は不貞を知っていたのに、隊長はあの日も三席を幸せそうに語っていた。その感情は、行動は何処から沸いていたのだろうか。
「お前に風邪引かれたら困る。...とりあえず行くぞ」
隊長の言われるがままに着いて行くと、そこは隊長の自室だった。タオルを渡され、隊長も濡れた髪をタオルで適当に拭いていた。
どうしたものだろうか、今までこんな沈黙なんて何度も経験している筈なのに、今回は少しだけ、気まずく感じた。
「...あ、あの」
「何だ」
「雨...すごいですね」
咄嗟に出たのは、やはり核心には一切触れぬ事。あと一歩のところで、私は隊長に怖気づいてしまう。それは、隊長の見えない心に私の心が対応しきれないのではないか、という不安が存在するから。隊長のその心に、私が受け止めきれないのではないか、なんてそんな知ったような事を思っているから。
「俺を可哀想だ、なんて思っているのか」
「いいえ、そんな事は思って...「悲しくて辛いだなんて、ただ俺を憐れんでいるだけだ」
...そういう事なのだろうか。私はこの沸き起こる感情を一言で表すのであれば、隊長を可哀想だと思っているのだろうか。
いや、違う。可哀想なのではない。
「想っているんです、隊長を」
だから、可哀想、だなんて言葉で私の気持ちを片付けないで。
一瞬、揺れた瞳。私を見つめ、そして、
「っ、...馬鹿野郎」
小さく呟いた唇は私の口を一瞬にして塞いだ。何度その唇に触れても、何度その唇に犯されても、そこから起こる快楽に夢中になってしまう。隊長を、愛しているから。
「その顔、好きだぜ。花音」
作為的に呼ばれた私の名前。
なのに、胸が熱くなる。嬉しいと思ってしまう。隊長は、呼吸が出来ないくらいに何度も、何度も唇を重ねる。
隊長自身、そして私も他の事など考えられないようにする為。そして、目の前の欲求に、快楽に没頭する為。そうでもしないと、私たちは理性が、邪心が、邪魔をしてしまうから。
「何も考えられなくなるから、隊長とこういう事するの好きです」
「また、余計な事考えてんのか」
隊長にしがみつく身体が大きく揺れる。隊長が大きく揺さぶるから。それに比例して大きくなる嬌声に、唇を塞ぐ。そしてまた酸欠になる脳内では隊長でいっぱいになる。
...重ねた身体の温度が心地良くて、瞳を綴じた。でも、それを隊長は許さないと言うかのように、激しく激しく私を責め立てた。
「お前は俺を、どうしたい」
事後の更に回らない頭で、必死に隊長の意図を汲み取ろうとするけども、やっぱり出来なかった。
「想って欲しいです」
だから、正直に言った。私の気持ちを。
きっと私は惚けていた。呆けていた。決して忘れてたわけじゃない、ただ、眠りそうになっていた、仕舞われてしまいそうになっていた私の罪が、大きな罪が私にようやく牙を剥いた。
「俺に隠してる事、あるだろ」
血の気が引くとは正にこの事なんだろう。
雨で濡れた筈の髪の毛が逆立つような悪寒。急に早まる心臓の音。手の震え。
何故、こうも勘付いてしまうのだろうこの人は。今までとは違う。答えはひとつに決まっているような口調。もう、私に逃げ道は無くなった。