「想い続けます、それで貴方を守れるのなら」
「どうか、お許し下さい、どうか...」


男は、隊長に土下座をしていた。
その姿は病み上がりのように覇気のない表情。隊長は何ひとつ語らず、見向きもせず、男を横切り私の方に向かってきた。


「あ、隊長...「現世に行って松本を連れ戻してこい。昨日行ったきり帰ってこねえんだ、あの野郎」

「え...は、はい」

「早急に、な」


要はこの場からいなくなって欲しいという事だったのだろう。私は執務室を出て、隊長の言う通り、乱菊さんを連れ戻すため朝一番に現世へ向かった。

あれから数週間、私たちは何事もなかったかのような生活に戻った。私は相変わらず隊長の側に居続けるし、隊長もそんな私を拒む事はない。以前のような生活が、ただなんとなく流れているだけだった。何が隊長の答えなのかはまだ分からないのだけど、私も隊長に答えを出してくれなどとは言っていないのだから、当たり前なのかもしれない。
あれから数度、隊長に触れて何となく分かった。...繊細なその心に触れるのはとても難しい事なのだと。私にはまだその自信がない。


「乱菊さーん、隊長怒ってますよ」

「やっぱり?だからそんなあんた暗い顔してるの?」


現世で完全に楽しんでいる乱菊さんを容易に見つけた。隊長の事になるとすぐからかってくる乱菊さんは、私の浮かない表情の理由をすぐ隊長関連なのだと気づいたのだろう。


「...知らない男が隊長に土下座し...「その男はまだいるの?」

「いえ...それは分かりません」

「帰るわよ」


私がさっき起こった話をした瞬間、乱菊さんの表情は一気に変わった。あの男が関係している事に間違いはない。でも、それは何故。


「遅せえぞ松本!!」

「だって隊長が好きなようにやっていいって言ったから」

「俺は仕事の事を言ったんだ、遊んできていいなんて一言も言ってねえぞ」


執務室に戻るといつも通り怒鳴る隊長と、それにヘラヘラしている乱菊さんだった。さっきの深刻そうな顔をしていた乱菊さんとは別人で。何が何だか分からなくて、私は呆然と2人を眺めていた。


「日向、松本をしばらく見ててくれ。俺は少し出てくる」

「どちらに行かれるんですか」

「...すぐ戻る」


そして隊長はいなくなる。
乱菊さんを見ると、大きな溜息を吐いていた。


「...隊長も可哀想ね」


ぽつりと呟く言葉を、私は聞き逃さなかった。私が無言で見つめていると、乱菊さんは少し何かを考えたように、そして珍しく言葉を選ぶように、


「あの子...、三席は、隊長を信じきれなかった」

「......どういう事ですか」

「隊長の元に訪れた男、見覚えない?」


乱菊さんの言葉に、あの時の、三席の隊葬の記憶が蘇る。
あの時、異様に取り乱していた男がいた。泣いて、泣いて、喚いて、隊長を罵って、まるで愛した人を亡くしたかのように。
...愛した人......?


「......乱菊さん...、まさか、あの人と三席は...」


乱菊さんは静かに頷いた。
何故か、涙が溢れてきた。隊長はあの時泣かなかった理由も、その場に立っている事しかしなかった理由も、あの場で無言を貫き通した理由も、ようやく分かったから。


「隊長は、いつから2人の関係を?」

「それは私にも分からないわ、でもあの日には既に気付いていたみたいね」


何が2人をそうさせたのだろう。そんな事、私が理解出来る筈が無い。

ただ、それを誰にも言わず、ひたすら苦しみ続けていた隊長の心は、どんなに切り裂かれてボロボロになっているのだろう。

乱菊さんによれば、四番隊で療養していたその男は今日から復帰だったらしい。...三席が亡くなってから、精神を病んでしまって。


「隊長は、...なんで何も言わないのでしょうか」

「言わないわよ、あの人はそういう人。...ほら、泣かないで。隊長戻ってきちゃうわよ」


私が感じた隊長の心の危うさ、痛み、そして脆さはここから来ていたのだろうか。なにひとつ気付けなかった。それでも尚、三席を待ち続けていた隊長は何を思っていたのだろう。考えるだけで、哀しく、虚しい。


「隊長に会って来ます」


隊長の霊圧を一生懸命辿って、ひたすら走った。今まで私は何のために隣にいたのだろう。それは隊長の為だなんて言ったら真っ赤な嘘だ。でもこの気持ちもあったのは間違いではない。私は、隊長を守ると言った。今は、隊長に伝えなくてはいけない言葉がある。だから、会わないと。


「...こんな場所で何されてるんですか」


ようやく会えた隊長は、隊舎の屋根に座って雨の中、傘もささずに空を見上げていた。


「サボってんだよ、見りゃ分かるだろ」

「風邪ひいちゃいます、戻りましょう」

「...お前は先に戻って...「私は隊長を想い続けます、ずっとずっと」


隊長の身体を抱きしめた。冷たくなっていた、そして、その体温に触れてもっともっと悲しくなった。なにひとつ、悲しいとも辛いとも憎いとも言わない隊長に。愛したい、と心から思った。隊長が私を愛さなくてもいいから私は、



「想い続けます、それで貴方を守れるのなら」




だから、貴方はもうそんなに悲しい瞳で、冷たい身体で私に触れないで。
貴方の今までの言動、行動の本当の意味。それは単純な気持ちで言っているのではなかった。全てに、貴方の気持ちがあった。それに気付けた今、私たちの関係は意味を成すのかもしれない。



 

bkm
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