「…あの馬鹿野郎が…。ジンベエ、向こうの海にガキが落ちてる。拾ってきてくれねェか」
「オヤジさんの頼みなら、任せて下さいや…!」
「――ジンベエ!」
「なんじゃ?ルフィ君」
「おれを海流で広場に送ってくれ!」
「分かった!オヤジさんの言伝てを果たしたら直ぐにやるわい!」
――…ああ、海の中って…静かなんだ…。
それに、今まで凍ってたからか…すごく冷たい。
でもきっともうすぐマグマがたくさん来て…熱くなるんだろうなあ…。
冷たい方が、良いな…。
すると冷たい水の中で何かが私に触れて、かと思えば次の瞬間、私の体は勢い良く引っ張られた。
「――げほっ…!」
突如入ってきた空気に、自然とむせる。
何度か咳を繰り返して、背中を擦ってくれている誰かに気がついた。
「良かった。まだ無事…と言っていいのか…まあ生きてたな。――少し待っとれよ、お嬢さん!」
ザバン、と。
また再び海に飛び込んでいったのか、水が鳴った。
氷の上に横向きに倒れていて、さっき自分が落ちただろう穴が見える。
濡れた自分の体の回りの水に、赤い線が流れていく。
それをぼうっと眺めていると、少し遠くで海の束が一本、蛇のように出てきて、広場へと入っていった。
そしてそれから直ぐに、またさっきの人が氷に空いた穴から出てくる。
「大丈夫か、お嬢さん!」
「…ん、何とか…。助けてくれて、ありがとう」
「気にするな!オヤジさんの頼みで来たんじゃが…お前さん、白ひげ海賊団のクルーか?」
「ううん、私は…」
するとドガァアアン!と、一際大きな音がして、顔を上げればそこには、
「モビーディック号後方にマグマが直撃!!!」
燃え盛る炎の中に、白い鯨の形をした海賊船、モビーディック号があった。
「みんな急げーっ!!」
「火を消すんだーっ!!」
「この船でまた、仲間と、エースと一緒に、旅をするんだ!!!」
「っ…リジェクション!」
追撃のマグマに向けて手を伸ばして拒絶する。
消えたマグマを見て、伸ばした右手からはフッと力が抜ける。
冷たい氷の地面へと落ちる筈のそれは、冷たくて、けれど大きな手に受け止められた。
「お前さん…モリガンか!さっきのマグマを消したのもお前さんじゃな?礼を言うのはこっちの方じゃ!」
そしてそのまま横抱きに抱き上げられて、歩き出したのが分かった。
「ちょっとジンベエー!」
「む?イワンコフか」
「って、あら!モリガンじゃない!」
「あ……」
この人…さっきバーソロミュー・くまの居た所で会った…変な人だ。
「ヴァナタと話が…って、酷い傷!ジンベエ、ヴァナタ何したのよ!」
「わしじゃない!何を言っとるんじゃお前さんは!」
「あらごめん。で、ヴァターシはモリガンと話がしたいんだけど、何処に連れてくのかしら」
「とりあえず白ひげ海賊団の船医に預ける」
船…医…?
手を動かそうとしても、指さえも動かない。
ひりひりする喉を、何とか震わせた。
「だ…め……」
「ん?何じゃ?」
「っ…だ、駄目…私は、大丈夫…だか、ら…」
「何を言っとるんじゃ、そんな体で!」
速く浅く息をして、ジンベエを見上げる。
そしてその向こうの、赤い炎が揺れている、戦場が視界に映った。
――ぐっ、手を、動かなかった手を握りしめる。
「私はまだ…戦える…!みんながまだ、苦しんでる…エースはまだ、捕まったまま……私はまだ、戦わなきゃ、――戦わなきゃ…!」
自分に言い聞かせるようにそう言って。
力の入らない手でジンベエを押すと、イワンコフと呼ばれていたその人が、私を覗き込んできた。
「ヴァナタ、そこまでして戦いたいの?」
「おい、イワンコフ!」
真っ直ぐに見てくる、紫でメイクされた瞳を私も見返して、こくん、頷いた。
するとその人は右手を上げた。
同じく紫の革のような手袋が付けられた手の指先から、細い針のようなものが伸びた。
「……?」
「ヴァターシはホルホルの実の能力者。ヴァナタの体の中のホルモンに作用して、ヴァナタの痛みや疲労を取ることが出来る」
「…………」
「けれど後日、激しい痛みがヴァナータの体を襲うわよ。――どうする?それでも、やる?」
ふにゃ、
「――ありがとう」
「っ?!ちょ、ちょっと!まだ誰もするなんて言ってな…!」
「ありがと…イワンコフ」
頬を緩めると、イワンコフは少し頭をかきむしって、そして、その右手を振り上げた。
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