――その時、時間が止まった。
海軍も、海賊も、空気を流れる砂煙でさえゆっくりに見えて、どさあっ…、誰かが倒れる音が何処かから聞こえた。
「……オヤ、ジ…」
大きな大きなオヤジの体の中心を、大きな大きな刃物が、貫いていた。
え……、掠れた声で呟く。
少し遠くに、それでも見えるオヤジの姿。
胸を貫いている剣のようなものも、それを持つのが海賊の恰好をしているのも、此処からでも見える。
あの人…海賊、だよね…?
でも白ひげ海賊団では見なかったし…傘下の海賊…?
そうだよ、ね。
オヤジが信用してなきゃあんな所まで行けないし、信頼してたら、刺されるなんて思わないから…―
「オヤジは不意打ちの攻撃でも、そしてそれがたとえ仲間からの攻撃でも避けるぜ!おれたちのオヤジだからな!当たり前だ!」
―…ハルタの言葉はきっと嘘じゃない。
他のみんなもハルタの言葉に頷いていたし、私もオヤジは凄く強いと思うんだ。
…けど…もしその事実が、変わっていたなら…。
遠い処刑台を見上げる。
エースは驚きに顔を染めて目を見開いていて、「オヤジ…!」と口が形取っていた。
けれど変わらず、処刑執行人は槍のような刃物を静かに持っていた。
「…………」
じゃり、走っていた足を止めて振り返る。
そして、再び戦闘が始まっている中を、白ひげ海賊団のみんなが処刑台を目指す中を、逆走し始めた。
すると遠くに見えるオヤジの更に遠い場所、ずらりと並ぶ黒い影が見えた。
「…バーソロミュー・くまが…いっぱい」
って…いやいや。
バーソロミュー・くまが何人も居るわけないよね。
能力は確か…ニキュニキュの実だってマルコが言ってたから、能力で何人も居るわけじゃないよね…。
「さっき戦った奴はビーム出してきてよ!能力者な筈なんだけど双子だか何だか知らねえが能力者じゃなくてな!パシフィスタ…だったか?まあその時来てたら危なかっただろ?!」
「……パシフィスタ…」
そうだ、きっと、パシフィスタだ。
えっと……人造人間…?
……少し遠いけど、出来るかな…。
歩みは止めないままに、遠くのパシフィスタだけを見据える。
ぼわん、耳に膜が張ったように周囲の音が聞こえなくなる。
キュイイイイン…と、機械音が聞こえたかと思えば、遠くで爆発が起こった。
パシフィスタが攻撃を始めたみたいだ。
体の力を抜く。
聴覚も戻ってきて、辺りの喧騒が耳に入ってくる。
――…やっぱり、パシフィスタ…かな。
悪魔の実を感じない。
……でも、じゃあさっきのバーソロミュー・くまは本物だけど…何で、少しおかしかったんだろう…。
―――ドンッ
「!名字名前!」
「……げ」
「このっ…待て!誰か!捕まえろ!」
捕まえてこようとする海兵の手をするり、かわして喧騒の中へと逃げ込む。
うわ…危なかったー。
……上手く撒いた、かな。
それにしても海兵とぶつかるって…周りが煙でよく見えないから、気をつけなきゃなあ。
「……?」
でも…何で私が海兵とぶつかったんだろう…。
広場からモビーディック号へと逆走してる私は、海賊を止めにいく海兵とは、同じ方に向かって走ってるのに…。
辺りを見回す。
白ひげ海賊団の攻撃をいなして、応戦を止めて、倒れている海兵を支えて、全ての海兵が広場へと退却している。
「おい!名字名前だ!」
「必ず捕まえろ!早く広場に連れてくんだ!」
海兵の手から逃れながらモビーディック号へと走る。
……何か、おかしい…気がする。
両方の均衡が五分五分な今に、海兵が退却する理由も無い。
それに…私を捕まえるだけじゃなくて、広場に連れてくって…。
「…!オヤジ…」
地面が、空気が、揺れて、ここ数日の内に何回も体験したその感覚に、近くなってきたモビーディック号の船首に立つオヤジを見上げた。
オヤジの胸には大きな穴が空いている。
隣にはマルコの姿。
そして床に手をついているのは、オヤジを刺した人。
その人が体を震わせて泣いているのが見えて、何となく…何があったのか分かる気がした。
――そして、何をしなくても、耳を澄まさなくても、オヤジの声ははっきりと、聞こえた。
「おれと共に来るものは、命を捨てて、着いてこい!!!」
110303.