蜃気楼をつかまえろ | ナノ
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「名前、」


と、オヤジが言った。
低くて、優しい声で。

少し首を傾げて次の言葉を待つ。

静かな夜の中に、波が船にあたる音が心地好く響いている。
オヤジは息をはきながら背を椅子に預けて、「明日だ」とゆっくり言った。


――明日。
明日だ。
エースが処刑されるのは。
――戦争は、明日だ。


オヤジが何を言いたいのかよく分からなくて、「ん」と頷くと、また言葉を待った。


「…とりあえずお前は必要な時だけ能力を使え。…何が出来るんだったかァ?」
「能力の増加と減少。停止に吸収、だよ」
「グラララ。センゴクの焦る顔が目に浮かぶぜェ」


にっ、と目の横に皺を作って笑うオヤジ。

オヤジのこの笑顔、好き。
安心させられるような笑顔に、私も頬を緩める。


「――名前」


するとまた、名前を呼ばれた。
さっきと同じようにしてオヤジを見上げると、


「おれァなあ、宝石とかいった財宝には興味無ェ」
「…?」
「けど、宝は好きだ」
「……?」


――財宝と、宝…?


「おれには宝がある。―何か分かるかァ?」


首を横に振る。
オヤジはまた、「名前」と私の名前を言った。


「家族は居るかァ?」
「…わたし…?」
「ああ、そうだ」
「居ないよ」


するとオヤジが少し眉を寄せながら私を見る。
促すような視線に、


「覚えてないんだ」
「覚えてねェ…?」
「ん。小さい時にはもう、一人で知らない島に居たよ」


なんであの島に居たのか、――覚えてない。
そして私はひとりだった。
なんでひとりだったのかは分からなかった。


するとオヤジが私の頭に手を置いた。
手、というか指だ。
大きくて、あったかい。

首を傾げて「…オヤジ…?」と呼ぶと、オヤジは零すように笑って、


「もう寝るか。悪かったなァ、急に呼んで」
「…ううん」
「じゃあ明日だ、名前」


口元を上げたオヤジ。
静かに頷いて、オヤジの部屋から出ていく。


…あれ、そういえば結局、オヤジは何を話したかったのかな…。





110204.