皆が甲板に居る中で、女部屋に居る私は私物をリュックに詰めていく。
もちろん必要最低限なものだけを。
今回の島は行きたい人皆で出歩くらしい。
…その方がやりやすい。
人混みに紛れて消えても、数人で行動してる時より気付かれるまでに時間がかかる。
ジーッとチャックを閉めてリュックを背負う。
ドアノブに手をかけ、ふらりと部屋を見回した。
「…おはよー…」
「おはよう名前。…あら」
「アンタ…どうやったらそんな寝癖つくのよ」
「…んー…?」
「ふふっ、寝惚けてるわね」
「あ、待ちなさい名前。私が寝癖を上手くアレンジした髪型にしてあげるわ!」
「…おー…」
「………」
「名前ー?行くわよー」
「…うん、いま行く」
――ドアを閉じる音が、いやに耳に響いた。
「…またゾロが船番?」
甲板に出れば芝生の上で腕を枕にして寝ているゾロの姿。
もう何人かは既に陸に下りている。
「寝てるからなっ。酒とか買って帰れば喜ぶから良んだぞ!」
島が楽しみなのかとてとてと上機嫌に言ったチョッパーもぴょんと船から降りていった。
船にはもう私と、そして寝ているゾロだけ。
しゃがんで、寝ているゾロの頬をつんつんと押した。
「おい名前」
「なにー?ゾロ」
「これなら出来んじゃねえか?」
「…わ、ミニマムダンベルだ」
「ウソップに頼んだ」
「ありがとゾロ。頑張る」
「おう」
――皆より一足先に、ばいばい、ゾロ。
「お?名前来たかー」
「ん…行こっか」
歩き出した皆の後ろで、私は静かにサニーにさらりと触れた。
「…ばいばい」
小さく呟いて、歩き出す。
するとブルックが私の隣に来た。
「名前さんは何をするんですか?」
「んー…ブルックは?」
「私は街でバイオリンを演奏してきます!子供達が大勢集まってきて楽しいですよ。名前さんもどうですか?」
「遠慮しとくー」
「ではまた今度!」
「ブルックの演奏は素敵だねー」
「そ、そうですか?」
「ブルックがバイオリンを弾き始めるとね、海も一緒に演奏するんだよ。波が綺麗に共鳴するの」
「っ…このブルック!感動至極!死んでもかまいません!って、私もう死んだんですけど。ヨホホホホ!」
「…ばいばい」
人が多く大道芸等も見える噴水の方へバイオリンケースを持って歩いていったブルックを見送った。
――街の中心部に入ってきたのか人が多くなってきた。
色んな人が色んな方向へと歩いていて、尚且つ活気立っている。
―…そろそろはぐれよう。
でもその前に海賊か海軍を見つけなきゃ…。
「名前!」
「……びっくりした」
「ったく、お前は危なかっしいな。人多いんだから気をつけろ」
無意識にか意識的にか遅くなっていた私の足。
いきなり顔を覗き込んできたフランキーに、本当に心臓が一瞬止まりそうになった。
「フランキー、この木の余り、貰っていい?」
「おう、良いけど…何すんだ?そんな切れ端」
「んーあとヤスリ貸してー」
「無視か。怪我すんなよ!」
「……じゃん。出来た」
「ん?こりゃ…コルクか?」
「コーラのだよ。上の星で掴んで取ってね」
「へえ、スーパーじゃねえか!じゃあお前もコーラ飲」
「さーておやすみー」
「無視かああああ!」
「……フランキーが居るから見失わないよ」
私の頭をぐしゃぐしゃと撫で「ま、こんなスーパーな奴は中々居ねえからなァ!」と再び前を歩き出したフランキー。
…びっくりした。
あのまま方向転換してなくて良かった。
「ああ、麗しの美女が彼方此方に…!」
「…だからナミに本気にされないんだよーサンジ」
「ぐっ!名前…」
「煙草って美味しいの?」
「ん?ああ、まあな」
「…吸ってみた」
「駄目だ」
「……吸ってみ」
「駄目だ」
「…ケチ」
「そんなこと言うのはこの口か?ああ?」
「いひゃいいひゃい」
「ったく…」
「…だってサンジは私の好き嫌いも直してくれたし、サンジが好きな物なら私も大丈夫かなぁって思ったんだよ」
「っ…!」
「だから吸ってみたい」
「〜っ、…!」
「…あれ、サンジー…?」
「あ、ナミが呼んでるよ」
「はーっいナミすわぁーん!」
荷物持ちだけど。
「…!」
―…視線…。
ぎらりと鋭い、でも絡み付くような視線は今までで何度も経験した事がある。
人混みの中でも分かる。
私を見てる。
皆の後ろを歩く事は止めずに、ゆっくりと顔だけ後ろを振り返る。
人混みの中一人だけ動かずじっと此方を見ている。
男の口元がにやりと弧を描いた。
―――逃げないよ。
ちゃんと視線に応えてあげる。
だから、皆に気づかれる前に一旦何処かへ引っ込んでてよ。
私はちゃんと応えてあげるから。
捕まえられる前に、行ってあげるから。
だから、だから、
皆には手を出さないでね。
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