ある日の夕方、夕飯の買い物でもして家に帰ろうと学校を出て駅に着いた瞬間、ビビッと体に電流のようなものが走って、その嫌な予感に動かされるように鞄の中を漁った。 そしたら思った通り、明日提出の課題を教室に忘れていて、まあ今日はバイトも無いから焦ることもなく戻り、教室に向かう渡り廊下を歩いていた時。 「あれ、笠松。珍しいな、こっちの水飲み場いるなんて」 「さっき休憩入ったんだけど、教室に忘れ物したのに気づいてよ…教室行くついでに、こっち来た」 渡り廊下近くの庭にある水飲み場から笠松の声がした。 サッカーグラウンドから近い場所だからここを使うのはほとんどがサッカー部員だけど、笠松、忘れ物したんだ。 そして私も忘れ物をした……運命!? 水飲み場まではまだ少し歩くため、吹奏楽部の練習の音楽を聞きながら渡り廊下で一人閃いていた私は、笠松に声をかけようと足を踏み出してーー 「なあ、笠松って名字と付き合ってんの?」 足を止めた。 ハァ!?という笠松の声が響いてくる。 「だってよ、笠松が唯一普通に喋れる女子だぜ?名字って」 「…付き合ってねえよ」 「なんだ。まあ名字は誰とでも話すしな。…そっか、付き合ってないのか」 「…なんだよ」 「や、名字って結構サッカー部でも人気あるけど、笠松と付き合ってるからって躊躇してる奴らもいるから」 「だから……つうかもういいよ、アイツの話は」 ズシン、と心臓が重くなったのを感じる、宿屋に行って回復したい。 「話を変えるところが更に怪しい!おい笠松!お前名字のこと好きなんだろ?」 楽しそうに笠松に絡むサッカー部員。 肩にかけた鞄の紐をつかむ指が震える。 自分の口から出そうになる言葉『やめて』と『聞きたい』。 心を二分する、恐怖と期待。 「ちょっ、おい…!ーーそんなんじゃねーよ!」 夕日が降りそそぐ渡り廊下で、一瞬だけ視界が暗くなって、音も何も聞こえなくなった。 再び吹奏楽部の音楽や、運動部のかけ声やらが聞こえてきても、自分の心臓の音がうるさい。 そしてこめかみを通る血管もズクズクと、当たり前だけど血が巡っていて、強くて速いのか、頭を痛くさせる。 「つうかサッカー部、集合してるぞ」 「えっ!?あっ、本当だ!笠松、また明日な!」 「おう!」 サッカー部員が走っていく。 私も元来た道を、走り出す。 そうして別のルートから教室に着いた私は自分の席に向かって、机の上に鞄を置く。 机の中から提出用のノートを取り出した、その手の甲に、涙が落ちた。 震える唇を噛みしめて、だけど頬を流れた涙が口に入ってしょっぱいから、グシッと腕で涙を拭う。 …知ってた、分かってた、笠松と私が、どういう関係なのか……笠松が私を、どう思ってるのか。 嫌われてはいない。 むしろ好かれていると思う、女の友達としては。 でも、それだけだ。 所詮、友達止まり。 笠松は女が苦手で、そしてそんな笠松には、私みたいにグイグイ話しかけていって仲良くなるタイプじゃなくて、笠松が慣れるまでゆっくり待つ、優しくて、心が広くて、全部を包み込んでくれるような女の子が、お似合いだ。 そして笠松から話しかけてくる頃には二人はもう両思いで、話す内容はなんと告白で…!って何それうらやましい。 なんて想像してる場合じゃない、涙増えた。 …でももしそうなっても、笠松は私に相談しないんだろうな。 笠松にとって私は唯一のたくさん話せる女友達だとしても、笠松は私に、他の女の子の気持ちなんて聞かないだろうし、その場にいない誰かのことを、たとえ悪口じゃなくても会話にあげたりしない。 きっと笠松は、全部終わってから、きちんと報告してくれる。 そして森山とかには嫌々ながらも彼女を紹介して、私には『こいつ、名字。いいやつだから、お前とも仲良くなって欲しーー』無理。 ドバァ、とまた増えた涙。 馬鹿か私は、とため息をつきながら鞄の中にノートを仕舞うとグズッと鼻をすする。 …昔は、友達になれて、喜んでたのにな。 高校に入って、笠松と再会して、女が苦手だって言うから、私なら女らしくないから大丈夫だって積極的に話しかけて、唯一笠松と普通に話せる女子であることに、喜んでたのに。 いつの間にか叶わない望みを、抱いちゃったな。 ハァーとため息をまたついて、とりあえず止まった涙に、鞄を肩に掛けると帰ろうと歩き出す。 海常は部活動が盛んだし私立で設備も充実してるから、皆それぞれの更衣室やらに荷物を持って行って教室に戻ってくることはないけど、たまに吹奏楽部の子達が教室で練習していることがある。 もしも誰かに泣いてるところを見られたらことだ。 明日には噂が広まっているーー名字も人間だった!ーーとかだろう。 こんなんだから駄目なんだよなあ、私も守ってあげたくなる系女子でも目指そうかな。 いやでも私自分のことは自分で守れるし、それどころか守ってあげたくなる系女子を守ることが多々ある…。 生まれてくる性別間違えたかな、なんて思いながらドアをガラッと横に引いた時、廊下左側から歩いてきていた笠松と目が合った。 そして私は再びドアを横に引いた。 フラフラッと二、三歩後ろに下がる。 笠 松 が い た ! なんで、今は部活中のハズじゃ……そういえばさっき、忘れ物したから教室に行くって会話してたっけ…私も笠松も忘れ物…運命いやこれさっき言った。 するとガラッとドアが開いて、慌てたような、驚いたような笠松と目が合う。 「何があったんだよ!?どうして、泣いて…!」 「笠松、あー、これは」 いつもは私がグイグイ話して笠松がどもるのに、今は逆だ。 大したことじゃないから、と笑いながら目を逸らせば笠松にガッと両肩を掴まれる。 そのことに驚いて思わず笠松を見上げる。 「大したことじゃねえのにお前が泣かねえだろ!…俺には、言えねえことなのか……?」 「笠松にはカ、関係ナイカラ…迷惑かけたくないし」 「名字だって去年の夏、俺のことを励ましてくれた。俺の部活のことで、お前には関係ねえことだったのにだ!」 去年の夏…インターハイか。 でも私は笠松が好きで、落ち込んでるどころの騒ぎじゃない笠松の役に少しでも立てればと思って…また笠松が、バスケに打ち込めれば良いなと思って…だから私にとっては関係ないことじゃなかった。 いや今私が泣いてる理由は笠松に関係ないどころか笠松が元凶なんだけどさ。 「い、言い辛ェかよ、男と女じゃ……でも、泣いてるお前を、ほっとけられねえよ」 「ーーーー……笠松に、残念なお知らせがある」 「強がってんじゃ…!」 「泣いてる理由は、泣ける動画を見たから」 「…………は?」 ポカン、と眉を寄せたまま疑問符を浮かべる笠松の肩を今度は私が掴むと廊下の方を向かせてそのままグイグイと押す。 「帰るのめんどくさくなったから教室で一人暇つぶしに動画見てたらいつの間にか感動モノの動画に行き着いて泣いてたんだよ。ホラ、用事すませたらさっさと部活戻りなよ、キャプテンがいなくてどうする!笠松!」 そうして強引に笠松をグイグイと教室から締め出して、気づいた。 守ってあげたくなる系女子はこういう時『そばに、いて…?』って言うのかもしれない。 いや、それとも目に涙を浮かべてブルブル震えながら『なんでもない』って言うのか……? 140817 |