サスケにとても失礼な対応をしてしまった昨日、けれど私は決意した。
今のまま謝っても理解してもらえないだろうから、病院に行き診断してもらってから話し、そして謝ろう、と。
そして今、私は木の葉病院で診察を受けている。
「そう、心臓が苦しい…」
「はい…」
「他に何かありますか?息切れや、倦怠感とか」
「不快感はありました。それに一時的な発熱、頬の筋肉弛緩、口元は逆に重くなったりして…」
ふむ、先生が顎に手を添え考える。
「どういった時に、その症状が?」
「それが、ある仲間と一緒にいる時で…」
「ほぉ…他の人といる時には起こらないんですか?」
「はい」
「例えば、人ごみにいる時とか」
「あ…そういえば、不快感を感じたのは、いつもより多い人数での任務の時でした」
また考えるように声を漏らした先生が、カルテにがりがりと何かを書き込む。
私はどんな診断結果が出るかとドキドキしながら、先生の言葉を待った。
「えーそれで、検査の結果なんですがね、こちらは特にこれといった問題はありませんでした」
「え…そうなんですか」
「だから考えられる原因の一つとして、ですが…精神的な問題が挙げられます」
目を丸くした私に、先生は慣れたように手のひらを向ける。
「あくまで原因の一つとして考えられることですから、まだ決まったわけじゃありません。ですがまあ、少なくないんですよ、忍の方には」
「精神的問題、ですか」
心当たりはありすぎる。
「そう。過酷な任務の中で、体と同じように心もすり減らしちゃってね。任務そのものに対してストレスを感じる場合もあれば、名字さんみたく、仲間に感じる人もいる」
「に、任務に対しても、もちろん仲間に対しても、ストレスを感じたことはありません」
「それじゃあほら、任務を誰かとすることにストレスを感じているとか」
ペンを置いた先生は私に向き直る。
「血生臭い任務をこなしてるのを、仲間に見られたくないって思う人も結構いるらしいよ。名字さんもそのタイプなんじゃないかな」
「任務を誰かとこなすことにストレス、ですか…」
「名字さんは優秀だと聞きますし、これを機に少し暗部への異動も考えてみたらどうですか?僕の患者さんでも数人いたし」
暗部への移動…確かに暗部は、通常よりも少人数、又は一人で任務を遂行することが多い。
けれど仮に暗部への異動を認められたとして…それはつまり、サスケとのチームの終わりを意味する。
微かに胸が痛んで、眉を寄せた。
「とりあえずは様子見ですね。薬の方も、下手に投与しても良いことは無いので」
「分かりました…ありがとうございました」
お大事に、という看護士さんのお決まりの台詞を背中に受けながら、私は診察室を後にした。
暗部への、異動…。
サスケとのチームの、終わり…。
この先サスケとの任務を続けて、けれど症状によりもしも任務に支障をきたすなんてことが起これば、サスケに迷惑をかける…。
私は目線を落とし、手を握りしめた。
そんなことは、したくない。
「名前!久しぶりだってばよ」
ーー火影室に来た私は、笑いながら出迎えてくれたナルトに、眉を下げながら笑い返す。
「急にお邪魔してごめんね、サスケから忙しいって聞いてたんだけど…話したいことがあって」
ナルトは首を傾げる。
「どうしたんだってばよ」
「あのね…暗部への、異動申請をしたいんだ」
ギョッとナルトが立ち上がる。
「暗部への異動申請?」
「もしも空きがあるならで、構わないんだけれど」
「いやそりゃ、名前ならどこの部隊だって欲しがるだろうけど」
「本当?私響遁で相手の動きを封じ込める術もあるし、暗部でも少しでも役に立てるように全力を尽くすつもりだよ…!」
「いやそりゃ、その術はどこでも、暗部では特に重宝されるだろうけど」
ってそうじゃなくて!とナルトは声を上げた。
「どうしていきなり暗部。理由は。…ハッ、もしかしてサスケと上手くいってねェから…とかじゃねェよな?」
ナルトの問いに、私は慌てて両手を横に振る。
「違うよ、サスケとは何も…!」
言いかけて、昨晩のことが脳裏をよぎる。
そういえば、病院で診察してもらってから、その診断結果を説明しつつ、サスケを避けてしまったことを謝ろうと思っていたのに…なんて言おう。
…いや、とりあえず今はナルトへの説明だ。
「あのねナルト、私ここ最近、体調不良を感じてたんだ」
不安そうだったナルトの表情が、真剣なものに変わる。
「大丈夫かってばよ…!名前は元から体が弱かったけど、それとはまた、違う感じなのか?」
私は重く頷いて、
「さっき病院に行って、診察してもらったんだ…体の方に特に問題はなくて、詳しいことはよく分からなかったんだけど」
私の話を食い入るように聞いていたナルトが、体の力を抜き息を吐く。
「体に特に問題はねェのか、良かった…でも、確かに体調不良は感じてたんだろ?それってばどんな…それにどうして暗部に。体調が悪いんなら、もっと楽な任務を」
「暗部への異動はね、病院の先生に勧められたからなんだ。私個人の考えを言わせてもらうなら、私はどこでも、頑張りたい。ただ…」
ただ?とナルトが促す。
「サスケとはもう、任務が出来ない。だからサスケとだけは、違う班に配属してほしいんだ」
え。ナルトが固まる。
「ぇえーっ!そ、そんな、どうしてだってばよ?名前ってばサスケのこと、嫌になっちゃったのか?」
「ち、違うよナルト!ただ症状が、サスケがいる時にだけ起こるから…!」
「そうなのかァ!?アイツってば何したんだってばよ」
「サスケは何もしてないよ、なのに心臓がドキドキするから、私もわけが分からなくて…!」
えっ。再びナルトが固まった。
部屋の空気がなんだか間抜けなものになる。
「あー…名前?その…もう一度言って欲しいってばよ」
「?サスケは何も、」
「そ、そこじゃなくて!その後だってばよ」
「心臓が、ドキドキする…?」
言うとナルトは、なんだかよく分からない顔で私を見ていたかと思えば、いきなり頭を抱えうつむいた。
私はいきなりのことにビクッと体を揺らし、次いで青ざめる。
ま、まさかナルトにまで症状が…!?
私は頭痛はおきなかったけれど、もしかしたら人によって違うのかもしれない。
けれどこの病気は人に移ってしまうのか?
だとしたら、空気感染…!?
バッと口元を手で覆おうとした瞬間バッとナルトが再び顔を上げた。
「名前、心臓がドキドキするのは、サスケといる時だけなのか?」
「うん、そうだったよ…あ、けれどこの前人材育成の為に二人の後輩が班に加わった時があって」
頷くナルトに、私は続けて口を開く。
「その時は、不快感…みたいなものも感じたかな」
「それってば、どんな時に」
「ど、どんな時?」
「もっとこう、絞れないかってばよ?小隊でいた時、とかだけじゃなくて」
ナルトの言葉に、私はつい昨日の任務内容を振り返る。
「すいません、遅くなって。今日の任務サスケさんと一緒だって聞いて、おめかしに時間かけてたらこんな時間になっちゃって」
「幽霊屋敷だって。サスケさん、私こわぁい」
「サスケさん、すごぉいっ」
「言われてみれば…いつもサスケとソラ、あ、班に入った女の子なんだけど…その二人を見ると、気分が悪くなっていた気がする」
するとナルトが口元を手で覆った。
ついに吐き気まで催してしまったか、私は青ざめる。
「名前、他に何か症状、あったかってばよ」
「え?えっと、頬の筋肉弛緩とか、発熱が」
「つまり頬が緩んで、赤くなったってことか」
まとめると、と手を離し私を真っ直ぐに見てきたナルトに、私も緊張した面持ちでかたく頷く。
「サスケといたら名前の心臓はドキドキして、頬が緩んで赤くなって、サスケにソラがくっついたら気分が下がる…それで病気だと思って、病院に行った」
「うん。それで、異動申請にきたんだ。もし、万が一にでもサスケとの任務中、症状によって支障をきたし、サスケに迷惑をかけてしまったらと思うと…」
するとナルトがうつむき机にバン!と手を着いたので、私はびっくりして言葉を途切れさせた。
ナ、ナルト、ついに目眩が!
それに、震えている?
痙攣、いや寒気?
なんにしても大変だ!
「ナルト…!」
「俺の仲間は!みんな!可愛いってばよ!」
けれどバッと顔を上げると両手も上に掲げそう言い放ったナルトに、私は動きを止めた。
サアッと血の気が引くのを感じる。
「サスケも!名前も!あ、もちろんサクラちゃんも。どうしてこんなに!可愛いんだってばよ!」
けれどナルトはそんな私に気づかず、机を越えると私の前まで歩いてきてーーなんと私を、抱きしめた。
「俺の名前は、可愛いってばよ!」
精神錯乱…!
火影様をご乱心にさせる病を移した罪により、名字名前、打ち首ーー。
「ーーおい」
すると扉の方から声が聞こえて、私とナルトは二人してそちらを見やる。
「何やってるんだ?お前ら」
額に筋を浮かばせ笑顔をひくつかせたーーサスケに、青ざめていた私と、ナルトの顔色が同じになった。
130831