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奴が目を覚ました−−ジンが電話口でそう告げたのは、梅雨に入ってから少しが経ってのことだった。
異世界の彼のことかと察した私は、近くにあった公園に入り、大きな木の下で雨を逃れる。
水気を含んだ土と草の匂いが、どこか懐かしく鼻を掠めた。


「試してみたが、やはり俺たちではこの男と話せない。お前が現状の説明をしろ」


了解、と短く言えば電話口の向こうの気配が遠ざかるのが分かった。
息を詰めながら待っていれば、やがて困惑したような男の声がする。


「何なんだよ、いったい……」
「それをいまから私が説明するのだけれど、どうだろう、言葉はちゃんと通じているかな」


彼が息を呑んだのが分かった。


「お前、誰だ!?どうして俺の世界の言葉を話せる!?」
「ああ、私が君に合わせているのか」


お互い違う言語を使用しているが脳で理解し合っているのか、それとも私が彼の世界の言語を話せるようになっているのか、常に同時通訳が行われている頭では分からなかったのだ。
しかしどうやら私が彼に、彼の世界に順応しているようだが、これは大変都合が良い。
黒づくめの組織を気にすることなく話ができる。


「私は、君と同じ立場の者だよ」
「俺と、同じ立場だと……?」
「単刀直入に言おう。私はこの世界の人間じゃない」


そして−−と私は静かに続けて、


「君もそうだと踏んでいるのだけれど……間違っていないよね?」


男は沈黙すると、やがて、ああ、と肯定した。


「ただし俺はあんたと違って、出来損ないだけどな」
「……それは、どういう」
「俺と違ってあんたは、どうやらこの世界に順応しているらしい。だから、出来が違う」


自嘲気味に笑った彼に、別に嬉しくないのだけれどね、と似たような笑みを浮かべながら思う。
それで−−と男は口を開いた。


「あんたのことは分かったが、こいつらは何者なんだ?」
「こいつらって、きっといま君の前にいる、目つきの悪い長髪の男を筆頭とした黒づくめの人たちのことだよね。私も彼らのことをよく知らないから、これだと断言することはできないのだけれど、少なくとも私にとっては敵、かな」
「敵?敵なのに、繋がりがあるのか?」
「厄介なことに彼ら組織は、異世界に関する情報を持っているんだ。過去にこの世界に来た異世界者たちが残していった記録、のような物なのだけれど。彼らはその情報から得られる利益が欲しい、しかし異界の言語を理解することができないから、私が解読しているんだ。そして私は、彼らから情報の在処を教えてもらって、元の世界に帰る方法を探してる。お互いに利益があるから一時的に手を結んでいるだけで、味方なわけでは決してないよ。解読した情報も、正しい内容は教えていないしね」
「……元の世界に、帰る方法……?」
「うん。果たして君が今後この世界に順応していくのかどうか、それは私には分からないけれど、ひとまず大人しくしていれば、黒づくめの組織もそう簡単に手を出すことはないと思うから、私が方法を見つけ出すまで君は――」
「お前は」


すると彼が、ぽつりと言った。
え、と目を開けば、男は問うた。




「お前は戻りたいのか?元の世界へ」




雨音がやけに耳を突く――雨脚が強くなったのだろうか。


「戻りたい、というか……戻ることは当たり前のことだと、私は思っているのだけれど」


困惑しながらそう返せば、男は更に問うてくる。


「何故?」
「何故って……そこが私の世界だから……かな」
「本当に?本当にお前の世界なのか?」
「私は別に、色々な世界を旅行しているわけじゃないよ。元の世界は、確かに私が生まれ、そして育った世界だ」
「生まれ育ったというだけで、何故その世界が自分の世界だと言える?お前も当然知っていると思うが、世界はいくつもあるというのに」
「――それは」


思ってもみなかった一連の問いかけに、私はとうとう口を閉ざした。
熟考し、けれど纏まらない思考に舌打ちすると息を吐く。
いま分かっていることが一つだけあるとすれば、それは――。


「君は元の世界に、戻りたくないんだね」


言って私は、ごめん、と眉を下げて謝罪する。


「君と私が同じ異世界者だからといって、望みが同じなわけじゃないよね。勝手だったよ……すまない」
「いや……ただ俺は、お前と違って出来損ないだから。この世界へ来たのだって、自分の意思で、自分の力で来たんじゃないんだ。ある連中の実験台にされて、飛ばされたんだよ。まさか本当に成功するとは、俺も、そして奴らも思っていなかっただろうけどな」


被験者番号とはそういうことか――と、彼の話を聞きながら苦く思う。


「そんな連中がいる世界に、戻りたいとは思わないだろう」


彼の言葉に、私は黙した。
私がこの世界へと来た経緯を説明すれば、きっと彼は再び問い掛けてだろう――何故そんな世界へ帰りたいと望むのだ、と。
しかしその問いについての答えを、私は持っていない。


すると電話口の向こうで何やら音がして、不思議に思っていれば次に電話に出たのはジンだった。


「おい、状況を説明し終えたか」
「ああ――ここが彼の故郷ではないこと、私の立場や君たち組織について、大まかにだけれど話し終えたよ」


言えばジンは鼻で笑う。


「俺たち組織のことについて、お前がどう説明したのか気になるな」
「ご想像にお任せします」
「ふん……まあいい。とにかく、こいつの様子が安定したらまた連絡する。そのときは奴の故郷についての情報を聞き出せ」
「おや……ということは今日はまだ無理そうなんだ。話しているかぎりでは普通だったように思うけれど」
「お前には見えてねえだろうが、不安定さを現すように、こいつの体から時折火が出てる。周りまで燃やされちゃあ堪んねえからな」
「そっか……分かったよ」


言えば通話が切られた電話を、私は鞄の中へと仕舞う。
天を仰げば、空を厚く灰黒い雲が覆っており、葉から滴り落ちた雫が頬を流れた。


(止むどころか弱まる気配さえない……雨宿りしていても意味がないな)


私は息を吐くと足を踏み出して木の下から出た。
途端に雨が体中に落ちてくるが、頭を冷やすには丁度良い。


−−自分の世界、か。


彼の言ったことは分かる。
たとえその場所で生まれ育ったからといって、世界はいくつもあり、そして私たちは境界を越えることのできる存在なのだから、なにも天敵のような連中がいる世界を自分の故郷だと決めなくても良いのだ。
……そう、彼の言ったことは分かる。
だが――。


十字路で、私は年甲斐もなく迷子になったような気分で立ち尽くした。
ややあって後方から車の音がして、私ははっとすると我に返る。
するとやって来たその赤い車が傍に停まり、窓を開けると私の名前を呼んだ。
目を丸くして振り返れば運転席にあったのは、心配そうに眉根を寄せて私を見る昴の姿だった。


「昴――奇遇だね」


昴は、ええ、と言うと眉を顰めて私を窺うように見る。


「どうしたんです?こんなところで。傘も差さずに」
「家を出るときにはまだ降っていなくてね。大丈夫だろうと油断したら、この様さ」
「……なるほど」


昴は私をじっと見た後、そう低く呟くと、身を乗り出して助手席のドアを開けたので、私は慌てて一歩下がる。


「乗ってください。そのままでは風邪を引いてしまう」
「大丈夫だよ。走って帰るし、それに昴の車を濡らしてしまうのは気が引ける」
「そんなこと、僕は気にしませんよ。車のシートが濡れるより、あなたが雨に降られることの方がよっぽど心配だ」


昴を見詰め、私は苦笑するように笑った。


「どうやら引く気はないと見えるね……悪いけれど、お邪魔するよ」
「ええ、どうぞ」


快諾してくれた昴に礼を言って、私は車に乗ると助手席に浅く腰掛ける。
一つ息を吐いたところで、額を流れる滴を昴が拭い取った。
昴はそのまま私の頬に手を当てると、眉根を寄せて言う。


「いけませんね……大分体が冷えている。僕の家までお送りしますので、お風呂に入って、十分に体を温めてください」
「そんな、いいよ。駅とか、どこかお店まで送ってくれるだけでも、もう十分というか」
「心配せずとも、家主である奥様のものですが、着替えもありますよ」
「そういうことを言っているのじゃなくてだね」
「そんな格好のあなたを、どうやら変態らしい同居人がいる家へとお送りするわけにはいかないんですよ」
「変態って――」


ぽかんとした私は、思わず噴き出す。


「ふふ、コナン君ってば、まだそんなことを言っているんだ」
「というわけなので、大人しく僕の家に来てください。どうせ将来、一緒に住むことになるんですから、その予行演習ですよ」
「……そう言われては、断ることはできないね」


笑いながら言った昴に、私も微笑んだ。













昴の家――工藤邸に着いてみれば、家の電気が点いていて、私は首を傾げる。


「昴、電気を点けたまま家を出たの?」
「いえ、消したはずですが――恐らくコナン君か家主さんが、僕のいない間に帰ってきたのでしょうね。もし泥棒が入っているのだとしたら、怪盗キッドのような大泥棒でないかぎり、警備会社から連絡が来ているはずですから」
「……ああ、そういえば、コナン君とこの家の人とは親戚なんだっけ」
「ええ。自分たちは家を空けることが多いからと、鍵を預かっているそうですよ」
「なるほど……」
「それじゃあ僕は車を仕舞ってきますので、名前は先に家に入っていてください。僕もすぐに行きますから」


わざわざ一旦玄関の前まで車を走らせてくれた昴の気遣いに、私は大人しく頷いて車から降りる。
車庫へと向かう車を少し見送ってから、玄関の扉を開けた。
するとそこに揃えられていたのは女性用の靴で、帰宅していたのはコナン君ではなく家主の奥様の方だったのか、と思っていれば居間の扉が開いた。


「お帰り秀ちゃん!勝手に上がってごめんね――って」
「あなたは――」


驚いたように目を丸くしている女性に、私も同様の反応を返す。


「工藤、有希子さん」


ぽかんとしたまま名前を呼べば、有希子さんは顔を輝かせると飛びついてきた。


「名前ちゃん!良かったわ、また会えた!」
「有希子さん――あの、濡れますよ」
「え?あらやだ本当、名前ちゃんたらびしょ濡れじゃない!」


有希子さんがそう言ったとき、背後で足音がした。
振り返れば、昴が意外そうに私と有希子さんを見比べている。


「驚いた。二人はお知り合いだったんですね」
「知り合いなんてものじゃないわ。名前ちゃんは私のヒーローなんですもの」


頬を手で包んでうっとりとした顔をする有希子さんに私は笑い、昴を見上げて言う。


「前に有希子さんが無粋な輩に絡まれているところに、偶然出くわしたことがあってね」
「ああ、それで名前がその輩を撃退した、ということですか」
「颯爽と現れて私を守ってくれたかと思えば、謙虚な姿勢で見返りも何も求めず去っていくその姿……もう、そんじょそこらの男よりずっと格好良かったわ」


それは良かった、と私は笑う。


「けれど驚いたのは私もです。工藤と聞いてまさかとは思っていましたが、本当に工藤新一君と関わりがある方だったとは」
「あら、名前ちゃん、新ちゃんのこと知ってるの?」
「会ったことはありませんが、コナン君や他の人たちから名前だけは聞いていて。高校生ながらに随分と優秀な探偵だとか。お姉様がいるとまでは知らなかったんですが」
「……名前ちゃん、お姉さんって、もしかして私のこと?」


私は、はい、と頷いて、そうして首を傾げる。
そういえば先程昴は、家にいるのはコナン君か家主の奥様だろう、と言っていた。
だとすれば有希子さんは、まさか――。


「もしかしてお姉様じゃなくて、お母様なんですか?」


信じられない思いで問えば、有希子さんは嬉しそうに笑い再び抱きついてきた。


「やっぱり名前ちゃん、だーいすき!ねえ、ねえ、そんなに私、若く見える?」
「はい……そりゃあ、もう」


私よりも年上だろうとは思っていたが、まさか高校生の子供を持つ母親だったなんて――と瞬いていれば、昴が苦笑しながら口を開く。


「有希子さん、濡れてしまいますよ」
「あら、そうだったわ。名前ちゃんを早くお風呂に入れてあげなきゃ」
「ええ。それで名前の服が乾くまで、有希子さんの服をお借りしたいと思っていたのですが、構いませんか?」
「もちろん!とびきり可愛い服を用意するわね」
「いえ、そんな――」


ぱっと身を翻すと駆けて行った有希子さんに、伸ばしかけていた手を力なく下ろす。
小さく笑った昴に、私もどこか観念したような気分で笑った。


……そういえばさっき有希子さん、秀ちゃんって言っていたけれど……誰のことだ?






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