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「#お仕置き」のBL小説を読む
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「あ!あれ、名前お姉さんじゃない?」
「本当だ、名前さんですね!」
「おーい姉ちゃーん!」


米花町、学校帰りの少年探偵団の歩美、光彦、元太の声に振り返るのは鞄を肩にかけ歩いていた名前。
嬉しそうに駆けていく三人に、唯一存在を知らないコナンが首を傾げる。
そうして自身も名前の元へそのまま歩みを進めようとして、隣にいる灰原に止められた。


「なんだよ灰原」
「いえ……あなたが彼女に近づいても良いのかどうか、と思ってね」


その言葉にコナンは目の色を変え真剣な表情で、いくらか先で膝を折り三人と目線を合わせ、穏やかな笑みを浮かべたまま話をしている名前を見る。


「どういうことだ?誰なんだ?あの人」
「先週の日曜日、図書館で会ったのよ」
「図書館?ああ…」
「そう。あなたがあの子達との約束をキャンセルして、毛利探偵事務所に依頼された事件を優先した時のこと……その時会ったのよ、私達の作っていた米花町の地図を見ていた、あの人とね。…彼女、地図を見ていた理由を、最近このあたりに来たからだって言ってたわ」
「最近…?おいまさか…!」


眉を寄せたコナンが灰原の肩を掴む。


「匂いがするのか?アイツらの…黒づくめの組織の奴らの匂いが…!」
「ーーいいえ、まったく」
「……ハァ?」


予想外の答えにコナンは拍子抜け、といった表情で首を傾げる。
伴って背負っているランドセルが片方の肩からずり落ちた。


「それどころかむしろ、良い人に見えすぎるくらいよ。笑顔、声音、雰囲気、すべて穏やか」
「まあ確かに、美人だしな」


コナンは毒気が抜かれたようにまた名前を見る。
すると名前は少し眉を寄せながら黒い携帯電話を操作していた。


「だけど彼女、ここらへんに最近来たから図書館で調べていた…そう言って手に持っていたの、分厚い世界史の本だったのよ」
「ハァ?なんだそりゃ」
「ま、しっかりしてそうに見えてただの天然、ってだけかもね。一応あなたの名前を出そうとした小嶋君を制しておいたんだけど、余計なお世話だったわ」


二人の視線の先で何故だか歩美と指切りをしている名前は立ち上がると三人に、そしてコナンと灰原にも手を振り去っていく。
ようやく歩き出したコナンと灰原に、光彦と元太が口を開く。


「コナン君、灰原さん!二人も今週の土曜日、名前さんに米花町を案内しませんか?」
「あら、その約束をしていたのね」
「いいんじゃねえか?俺もその日は何も予定入ってねえし」
「今週はちゃんと来いよな、コナン!」
「ああ、わぁーったよ」

「あーっ!」


すると歩美がいきなり、閃いた、というように顔を輝かせながら声を上げたので四人は目を丸くする。


「どうしたんですか?歩美ちゃん」
「名前お姉さん、さっきメールしてたでしょ?その時のプッシュ音が何かの曲に似ているなって思ってたんだけどーー」


メール、そしてプッシュ音に曲。
黒づくめの組織が連想される単語にコナンは息をのんだ。



「七つの子だよ!」



コナンが血相を変える。


「歩美、それ本当か!」
「えっ、うんーーあっ、コナン君!」















ーー二週間後の土曜日、夜四時、米花博物館。


既にズボンのポケットへと仕舞った携帯電話の硬さを歩く度に感じながら、それに先ほど届いたメールの内容を頭の中で泳がせる。


…博物館、だとしたら例の文献がそこに眠っているんだろう。
土曜日ならば恐らく閉館日ではないし、夜の四時は閉館時間にはまだ早い。
けれどあえて時間まで指定しているということはその時間に何かが起こる筈。
まあ、調べてみれば分かる話…とは言ってもこの携帯、通話とメールの連絡機能しか使えないから、これじゃあインターネットで検索なんかは出来ないんだけれど……贅沢は言っていられないか、下手に検索履歴等を探られても抵抗あるしね。


木々、葉、土の匂いや日差しを孕んだ春の空気をたっぷりと吸い込んで、自然と頬を緩める。


徹底した秘密主義の彼ら組織、例の文献をいくつか既に所持していると言っていたけれど、それを見せるには私はまだ信用に足りていない相手というわけかな。
それに詳しくは知らないけれど彼らほどの組織なら、夜中に博物館に忍び込み眠る文献を奪う、までは必要ないとしても内容を確認くらいなら容易いだろうに……情報は欲しいけれど人手を割く相手でも、まだないんだろう。


「お姉さん!!」


すると後ろから声をかけられて振り返る。


「…おや、君」


そこに立っていたのはつい先ほど再会した少年探偵団のーーとは言ってもこの眼鏡をかけた少年とは今日が初対面、恐らく図書館で元太君がサボったと言っていた残り一人の少年探偵団の子だろうーーが走って追いかけてきたのか随分と息を荒くし汗をかきながら必死に私のことを見上げていた。


私は膝を折り、近づいてくる少年に首を傾げる。


「どうしたの?」
「あのね、携帯電話、貸してくれない?」
「携帯電話?」
「うん、急いで連絡とりたい用があるんだけど僕、携帯持ってなくて」
「連絡か、それなら大丈夫だよ」


はい、と微笑んで少年に携帯電話を差し出すと何故だか一瞬、虚をつかれたような表情をした。
けれど直ぐに、ありがとう、と無邪気な笑顔を見せると携帯を操作し始める。

速いプッシュ音に頭の片隅で違和感を感じたのも束の間ーー



「あれれ〜?」



目の前の少年の強調された疑問符に目を丸くする。


「ねえお姉さん、歩美ちゃんから聞いたんだけど、さっきメールしてたよね?」
「ふむ、そうだね」
「なのにお姉さんの携帯、メールの受信箱も送信箱も空っぽだよ?おかしいな〜」


……子供故の言動というものは、相手への礼儀、相手への距離感をわきまえていないことに由来することが多々ある。
例えば大人ならこうして他人の携帯電話を借りた時に、用事を充たすために必要な操作以外は勝手にしないだろう。
目の前の彼は少年、子供……けれどーーその言葉で済ませるには何かこう、違和感が…。


「ねえ、どうして?」
「そういう仕様なんだ」
「え〜?それじゃあ、メールを受け取っても送っても、勝手に消えちゃうの?」
「そうだよ、不思議だよね」
「うん、まるでーー秘密にしたい何かがあるみたいだね!」


ーー困ったな、この子のすべてを探ろうとしてくるような、好奇心なんてものじゃ抑えられないようなものーー苦手だ。


「…そうだよ、秘密にしたい何かがあるの」
「それってなあに?」
「ふふ、教えてしまったらそれは最早秘密ではなくなってしまうでしょう?」
「え〜!ーー分かった!仕様ってことはこの携帯に何か仕掛けがあるんだよね?」


言うとくるりと私に背を向け、携帯を色々な角度から眺めながら唸り、首を傾げる少年はカバーも外して何やら探っているようだ。


ーー先ほどの少年探偵団との再会の時。
無邪気に学校でのことを話したり私のことを心配し今週末に米花町の案内を申し出てくれた歩美ちゃん、光彦くん、元太くんの三人とは明らかに距離を取って私をうかがうように見ていた哀ちゃんとこの少年。
途中突き刺さるような警戒を感じたものの、別れ際にはまったく感じられなかったというのにーー今はそれを再び感じる。
先ほどは見られなかった、わざとらしいとも言えるほどの子供らしさと混ざって。


すると彼は残念そうな表情で私に向き直ると、素直に携帯を返してきた。


「調べてみたけど僕には難しくて分からないや」
「そう……連絡はいいの?」
「うん!ありがとねお姉さん!」


そうしてこれまた無邪気に手を振りながら駆けていく少年の背中を見送りながら立ち上がる。
手の中に戻ってきた携帯をじっと見つめてからーー耳に宛てた。
すると鼓膜を震わせる機械的な連続音にハッと息をのむ。


私は眉を寄せながら少年が去っていった方向とは逆方向に歩き出し、確認の為適当な番号ーー天気予報にした、に電話をかける。
繋がり始まる天気予報。
そしてそれを邪魔するノイズ音にーー確証を得た。


途中で通話を終了させ、立ち止まると携帯電話を見つめる。
そうして先ほどの少年と同じく携帯電話のカバーを外した。
見た目は何も変わらないように…見える。
けれど私が得た確証、それはーー先ほどの少年がこの携帯電話に盗聴器を仕掛けたということ。


ーー前の世界と今の世界は似た要素が多いことは数日で分かった。
そしてそれは科学の歴史でも言えることで、今この携帯電話から聞こえる機械的な連続音、これは幕府に勤める際にスパイ活動への対策として学んだ時に何度も聞いた、盗聴器の発する音によく似ている。


けれど彼はまだ小学一年生、この世界では子供のまた子供だ。
常識で考えるならば彼が盗聴器を仕掛けたなんて考えにくい。
しかし身近に高校生という子供ながらも卓越した洞察力やらを発揮しながら大人を容易く翻弄する怪盗がいることも確か。
そしてその怪盗もまた、謎につつまれた何かを探ろうとしてくる……さっきの少年と同じように、ね。


思わず肺に溜まった息をためて吐く。


困ったな…この世界、こういう人達ばかりなのかな。
だとしたら嘘や秘密で構成された私にはとても、不利な世界だ。




「悪いね、少年」




私は携帯電話を口元に近づけ、口を開く。


「首輪は二つも、付けられないんだ」


そうして少年が去っていった方向に向き直る。


「私はね、適切な距離を読むことは苦手ではないよ。だからその範囲内でなら大丈夫、逃げないから近づいて来ればいい」


すると建物の影から姿を現した少年に、目を細めて微笑んで歩き出す。
その目には好機を逃がさないとする輝きと、そして私が歩みを進める程に警戒、加えて少しの怯えが見て取れた。
だから私は歩みを止める。

 
「怯えることはないよ少年、君のテリトリーを踏み荒らす気は毛頭無い。…だからそうだね、その程度を図るためにもまず一つの質問をさせてもらうよ」


好戦的に、挑発的に私を見上げるその瞳に応えるように私もまた笑みを深めた。



「ねえ君、何者?」



すると彼もまた口角を上げ笑う。
それは先ほどまで見せていた子供らしい笑顔よりもずっと彼らしいものだった。



「江戸川コナンーー探偵さ」




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