トム・マールヴォロ・リドルは少しだけ動揺していた。
――授業が終わり、夕食をすませて部屋に帰ってきた。
けれど名前はまだ帰ってきておらず、少し不満に。
そうして暖炉に火をつけてローブを脱いでいると、ドアの向こうから何やら声が。
「だから、嫌だって言ってんだろ!…おい、押すな!」
「照れるな照れるな」
「照れてねえ!つうか、お前ら俺の友達じゃねえのかよ」
「うん、もちろんそうだよ」
「な、なら一日くらい部屋に泊まらせてくれても…!」
その声はまぎれもなく名前がいつも一緒に居るルイ達と、そして――名前の声に…似ているような、どこか高いような…けれど明らかに名前の口調で話す人。
「友達だからの、行為!」
するとルイの楽しそうな声が聞こえたかと思えば、勢いよくドアが開いて、誰かが飛び込んできた。
濡れたような黒い髪が、長い弧を描く。
「――…名前…?」
――部屋に押し込まれた俺は、睨みつけるように後ろを振り返る。
が、その瞬間にはもうドアが勢いよく閉められていて、三人の笑い声が途切れた。
拳を握りしめて歯をギリギリと鳴らす勢いでドアをにらむ俺は、後ろから呼ばれた名前に、息をのんで振り返る。
「リ、リドル」
今の俺が見るリドルは、いつもよりも、高く見える。
――それは、俺の背が少し縮んでいるからで。
何を言おうかと慌てる俺は、どこか心もとなくて、伸びた髪の毛に触れる。
「あ、あの、俺…」
「名前…?」
「そ、そう!あの、女みたいっつうか…今は女に、なっちまってるけど…俺、名前で…」
「うん、分かるよ、名前ならどんな姿になっても、僕には分かる」
「リドル…」
じ〜んと感動しながら、嬉しさにも包まれる。
「ルイたちと、薬の実験してたら、失敗しちまって…、…リドル?」
経緯を説明しかけると、リドルが表情を変えないまま歩いてきて、そして俺の両手を、両手で握りしめた。
少しドキッとしながらも、少し気になるリドルの様子に、首を傾げる。
「名前」
「お、おう…?」
するとリドルはにこっと笑って、片方の手を自分の胸にあてるような仕草をすると、方膝をついて、そして俺の手の甲にキスをした。
疑問符を飛ばす俺を見上げて、また笑う。
「結婚しよう」
――停止した俺の思考が数秒経って正常に戻ったとき、一番最初に感じたのは、悲しさに似たようなものだった。
それが顔に出ていたのか、リドルが慌てたように
「え、名前、嘘、え…?イヤ…だった、かい?」
立ち上がると、おろおろと俺の頭を撫でたりするリドルの顔が、少し傷ついたような表情で、今度は俺が少し焦る。
「ち、ちげえよ、嫌なんじゃなくて…ただ、やっぱり…その…女の方が…」
そこで恐くなって、俺は目を伏せた。
「リドルはやっぱり、女の方が、よかったのかなって…」
「ち、違うよ!」
するとリドルが焦ったように少し声を上げたから、俺は驚いて顔を上げる。
リドルは真剣そうな、焦ったような表情をしながら俺の肩を掴んで
「違うよ、名前、僕は、僕だって同じだよ、名前が言ってくれたことと」
「別に俺は、男が好きなわけじゃねぇし…女が好きじゃねえわけでもねぇ」
「俺は、そういうんじゃなくて…ただ、お前が…」
「リ、リドル、が――、っ、好き、だ」
「僕も名前が、好きだよ。男だからとか、女だからとかじゃなくてね」
リドルの言葉に、頬が熱くなってくる。
心臓が、速く動く。
「ごめんね、勘違いさせるようなこと…――でも僕は、名前を傍に居させたくて」
「…?」
「僕は名前が好きで、名前も僕を好きになってくれて…それなのにまだ、欲が、不安が出てくるんだ」
首を少し傾げてリドルを見上げると、リドルは俺を抱きしめた。
心臓が跳ねる。
「名前がどこかに行ってしまわないように、何かでちゃんと、縛りつけておきたいって、思う」
「リ、リドル」
「その『何か』には、結婚、っていう道もあると思うんだ。もちろん、形式上だけだと言われれば、それまでなんだけれど」
リドルの体温を感じながら、俺はリドルの背中に手を回して、弱く抱きしめる。
リドルが少し驚いたように俺の名前を呼んだ。
「俺は、お前から離れねえよ、馬鹿、リドル…」
そして俺は、リドルの胸に熱くなった顔を押しつけた。
「――ねえ名前、今すごく名前の顔が見たいんだけど」
「無理」
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