「――、」
手首から指の先にかけて何かが滑るような感触の後に、床に響く小さく丸い落下音。
足を止めて振り返って床を見ると、そこにはやっぱり、俺のブレスレットが糸が切れた状態で落ちていた。
「あ、糸切れちゃったね」
「前に切れたのは…半年前、くらいか?」
――孤児院に預けられた頃、つまり最初から俺の腕についてあったブレスレットは、成長するにつれて糸の長さを調節して、つけてきた。
今はもうほとんど長さを変えることはないけど、クディッチをしてると、結構直ぐに風圧やらでボロボロになる。
「それじゃあまた、今度の休みに買いに行かなきゃね」
笑顔のまま言うグレッグに、ルイとスコッティーも頷く。
俺は、わりぃ、と言いながら屈んで、それを取ろうと手を伸ばした。
「――accio!」
すると、魔法を紡ぐ声が聞こえたと同時に、ブレスレットが宙を舞って飛んで行き――魔法を紡いだ人物を見れば、スリザリンの、いつもつっかかってくる奴らがニヤニヤと俺らを見ていて。
「スリザリンの何人かに、俺らを目の敵みてぇにしてる奴らが居るんだよ」
――少し前にあったクディッチの練習試合の、俺の怪我の原因をつくった奴らだ。
ニヤニヤと気持ちわりぃ笑みを見せるそいつらの手の中に、俺のブレスレットがあるのが気に喰わねえ。
――ルイ達が、おい!と怒りに声を上げる。
俺が、返せよ、と言ってキツく睨みつける。
けど、それとほぼ同時に
「Reducto!」
そいつらがブレスレットを、魔法によって粉々にした。
――その光景を見た瞬間、身体中の血が、一気に熱くなった感覚になった。
――粉々になったそれを中庭へと捨てるそいつらに向かって、俺は、杖を向けた。
「――大変よ!名前君が、喧嘩してるって!」
――授業の合間、次の場所へと教科書やらを持ちながら歩いていると、僕の後ろから走ってきた女子生徒が、窓際で話していた女子生徒らにそう言った。
驚いた声を上げて、中庭へと走っていく複数の足音を耳にしながら、足を止めて振り返る。
――名前が、喧嘩。
そうか、どうりでさっきから何やら騒がしくて、何人もの生徒達が同じ方向へ走っていくと思った。
その方向は中庭の方だし、中庭なら二階からでも見下ろせるから…納得。
――僕は、中庭の方へと向かって足を踏み出した。
――名前はよく、話題にのぼる。
それは、イタズラのことだったり、名前自身のことだったりで色々だけど…この前の練習試合の時のような噂を聞いてから、少し、名前のことを話していると、前より耳がいくようになった。
――喧嘩、か。
「お、おい…!アイツら、何やったんだよ…!」
「あ、ああ…!」
――すると、中庭を見下ろせる場所に近づいてきてから、人波の中の男子生徒達が、驚きに目を見開いていて。
「あんな…キ、キレてる名前、初めて見たぜ……!」
僕は少し、眉を寄せた。
――名前は、口調こそ荒くて、いつも怒ってるような、機嫌が悪いように思えるけど、実際はすごく、優しい。
それは、名前と少しでも関わったことのある人間なら分かっているだろう。
それに名前は、ホグワーツでトップの実力を誇るだけあって、というか分析力に優れていて、だから意外と、中身では冷静だ。
「――Mobilicorpus」
――なのに、そんな名前が、空気を凍らせるような声で魔法を紡ぐほど、怒っている…らしい。
「あ、ト、トム!」
「ちょっとごめんね」
僕は女子生徒らの固まりに身体を通して、窓枠へと着くと中庭を見下ろした。
そこには宙に浮かされているスリザリンの格好をした何人かと、そうしてそいつらに杖を向けている名前が居て、僕は少し息をのんだ。
「――許されざる呪文…許されざる呪い…お前らだって、流石にこれは知ってるよな」
驚くほど静かな空間に、名前の声が波打たずに響く。
宙に浮かされながら息をのんだスリザリンの生徒らに、名前は口だけで笑った。
「使わねぇよ、俺だってアズカバン行きは遠慮してぇ」
戸惑っている様子の、名前といつも一緒に居る三人が名前の肩に手を置くと、名前は彼らを少し見て、そうして視線をまた戻した。
「けど、なあ、知ってるかよ…――Petrificus totalus…って呪文…」
名前は無表情のようなままに続ける。
「全身を石のように硬直させる魔法…これをお前らにかけて、今のままMobilicorpusで壁にでも激突させたら…どうなるだろうな」
「――名前」
――けれど、その時静かな声が名前を呼んだ。
名前が場所にゆっくりと視線を移す。
「やめるんじゃ、名前」
それは、ダンブルドアで。
ダンブルドアの後ろには、他にも何人か教師達が居る。
名前はフッと力を抜いたようにすると、スリザリンの奴らに向けていた杖を、一気に地面に向かって下げた。
本人達からと、そして野次馬からの悲鳴が上がる。
けれど名前は、スリザリンの奴らを地面スレスレで止めると、そこで魔法を解いた。
ドサッと落ちると震えているスリザリンの奴らが、教師達に囲まれていく。
――ダンブルドアと共にどこかへ歩いていく名前を少し見つめた後、僕は一階へ行く為に階段へ向かった。
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