「ハァ、ハァ…っ、は…」
湾のそばに並ぶコンテナの群の一角で、自分の右手を見ながら荒く息をする。
――この場所での私の思い出は、木内理に会い、そして神威と出会い、最近には捕らえられた高城さんの救出にも来た。
そうして考えれば、ここいらの治安はあまり…結構、よくないように思える。
けれどそれはつまり、人気の少なさにも繋がる。
――隠れて「何か」をしたいとなれば、絶好の場所だ。
「――銀時とヅラと、喧嘩したらしいな」
「…これはまた、驚いたね」
すると後ろから音がして、少し警戒をすれば…けれど聞こえた声は知っているもので。
私は微笑みながら振り返る。
「まさか会えるなんて思ってもいなかったよ、晋助」
「俺は別に、宇宙が活動拠点じゃねえよ」
「ああそうか、久しい再会をしたのが宇宙だったから、どうにもそのイメージが強くてね」
右手に煙管を持っている晋助は少し眉を寄せると
「それよりお前、まさか忘れたのか」
「…?」
「ちっ、お前から俺に言伝てを残したんだろうが、万斉を使ってよ」
「またね、って。言っておいてもらえるかな」
「ああ、ふふ、覚えているよ、ちゃんとね」
「っふ、そうかい、そりゃあよかった」
思わず笑うと、晋助も、どこか満足さがうかがえるように笑う。
「――それで、どうした。アイツらとお前が…というより、お前が喧嘩なんてよ」
「それよりも私は気になるよ、鬼兵隊の頭領の耳に、そんな噂が、しかもかなりの速さで伝わることがね」
「――紅桜の一件から、白髪頭の侍とヅラの情報を鬼兵隊の奴らは欲しがっていてね。まあ、頭としても特にとめる理由もねえ」
「ふふ、白髪頭の侍とヅラ、か…銀時も小太郎も、聞いたら怒るよ」
夜風が髪を靡かせる。
湾の黒い水に、江戸の黄色い光や白い光、ビビッドの光やらがゆらめいている。
――足元の小石を拾って軽く落とすと、それは水に落ちて――けれど私が居る側はコンテナの群。
水は元々黒いままで、小石が落ちても、黒い波紋が広がるだけだった。
「――暗闇に、影に入ると、周りが良く見えづらくなる」
「…」
「どこへ行けばいいのか分からなくなって…何をすればいいのかも分からなくなる」
「…」
「けれど、だから…日向に出たときに、再確認できる、気がつける」
その陽の、暖かさに。
「――どうせ生きるなら、私は、楽しく生きたい。日向を私が好きならば、私は影を、暗闇を、無くすだけだと…そう、思わない?晋助」
振り返って、にっこりと微笑んで少し首を傾げる。
晋助は煙管の煙を自由気ままに吐くと
「考え方に異論はねえさ、けど、それを俺に、同意を求めるのかよ、名前」
「何かおかしい?」
「おかしいだろうよ、――暗闇や影、そして日向が、なんの比喩かは知らねえが、俺は明らかに、影の側だろ」
――ふふ、と、私は笑う。
「違うよ、晋助」
「あ…?」
「世間では真選組に追われる過激派攘夷、鬼兵隊の頭だとしても、私からすれば、晋助は、日向」
「…」
「暖かくて優しい、日向なんだよ」
――晋助の煙管を持つ手が、微かに震えて。
煙管からユラユラと上がる煙がまた、揺れる。
「――それじゃあね、晋助」
私はそんな晋助の横を通りすぎて、歩いていく。
「またね、って。言っておいてもらえるかな」
――サヨナラなんて、少し分かりやす過ぎるフラグは、立てられないよね。
111208