「――銀時、飲みすぎだ」
「アタシもさっきから言ってるんだけどねぇ、てんで聞きやしないのさ。こりゃ、悪酔いするね」
――スナックお登勢。
カウンターにて酒をあおる銀時を、小太郎が見据える。
そうして、息をついた。
「名前は、駄目だったか」
ピクリと、徳利を傾ける銀時の手が揺れる。
「さっちゃんのことなら大丈夫だ、流石は元お庭番というところか」
「 ああ、サンキューな」
「…それで、銀時」
「名前に何かあったのか?」
「――分からねえ、俺達にも、何が起こってんのか」
「…名前に何が起こっていたのか、分かったか」
「……分からねえ」
「…そうか…。そういえばこちらも、」
「何も、分からねえ……!」
自身の言葉を遮り、絞り出すように言う銀時に、小太郎が再び視線を戻す。
「…おい、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。…どうした」
「…お前、昔、名前が自分に刀向けてた時のこと、覚えてっか」
「…目を閉じれば、今起きてるかのように浮かぶさ。中々、あの光景は忘れたくても忘れられん」
「…――また、同じ顔してやがった」
小太郎は目を見開いた。
身をのり出したことによって椅子が鳴った。
「名前が、か…?あのとき、刀を自分へ向けている時と、同じ顔を…?」
急いて聞いてくる小太郎の言葉に、銀時は、脳裏に浮かぶ名前のことを話していく。
「最初から、アイツの、完全な笑顔は無かった。…最後らへんには殻が全部はがれて、あの表情があった。…目に光は無くて、…言葉になんか出来ねえよ、あの顔は」
「…ああ、分かるさ。言葉になんてしなくとも、どこかゾッとするような表情だということも、――理由は分からなくても、慰めたくて仕方がない表情だということもな…」
名前の表情を思い出した銀時の心臓が強く鳴り、開いた口から息が漏れる。
「――俺は、何も出来なかった」
「…銀時、」
「腕なんて、掴めねぇ。声の一つも、かけられねぇ。――アイツが、たった言葉一つだけで本当に傷つきそうなくらい、弱って見えた」
「……」
「後悔は確かにしてる。…けど、また同じ状況になった時に、今度はつかまえられるかって言われたら、…断言、出来ねぇんだ」
そしてハァア、と、酒で熱くなった息を吐くと、どこか上を見上げた。
「結局俺は、臆病なんだよ。笑顔で隠されてんのを分かっておいて、知りたいって思ってんのに、」
「いざ目にした途端、触れることが出来なくなる」
「……」
「お前だけじゃないさ銀時。俺だって、臆病だ…」
どこか下がる、雰囲気。
下げたり、ぼうっとしたり、と各々の視線。
「ったく、だらしないねぇ」
けれどその雰囲気を、お登勢の言葉がくっきりと斬って、跡形もなく消し去った。
「いくらあの子がアンタ達のケツ叩いてたとは言え、ちょっと離れちまったくらいで、そんなに直ぐに、自分の道を歩けなくなっちまうのかい」
「…バァさん」
「ッフ、まぁ、あの子はケツ叩いて道に戻すっていうよりは、あの綺麗な笑顔で、呼んでやったり、背中押してやるって方が正しいさね」
「きっと次は出来るよ。取り零すことなんてない。――銀時の道を、歩かなきゃ」
「――――……」
「――銀時も、アンタも」
煙管を片手に、お登勢は二人を少しキツく、見た。
「今のアンタらがそのまま道を選んだとしても、あの子には絶対に辿り着かないよ」
そして少し挑発するように上目で見て、口角を上げた。
「それで本当にいいのかい?二人とも…」
「――――……ったく、バァさん、アンタは本当に、ケツぶっ叩くみてぇだよな」
「確かに、名前とは違う…が、助かった。ありがとう」
そうして二人は、立ち上がった。
銀時は少し、眉を寄せて。
小太郎は目を伏せて、笑いながら。
「このままでいいわけねぇだろ。なぁヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。…名前ともお前とも、昔からの付き合いだが…――ここを逃せば、何かが確実に終わるぞ、銀時」
「…ああ、わーってるよ」
目を伏せて笑うお登勢を背に、銀時が店のドアに手をかけた――とき。
「銀さん!」
「あ、ヅラも!」
「ヅラじゃない桂だ!リーダー、そんなに急いでどうした。いかんぞ、リーダーの年程なら、この時間は睡眠に、」
「子供扱いすんじゃねーよ!それより、次に名前が会社に出てくる日が分かったネ!」
外から、新八と神楽がドアを開けた。
「マジでか、アイツが勤めてんのって幕府だぞ」
「粘りに粘ったら教えてもらいました!あと、ちょうど土方さんが場所に来てて、口添えしてくれたんです!」
「なんだい、お前達も、帰ってきた時はビービービービー泣いて、うるさくて仕方がなかったけど」
お登勢の言葉に、新八と神楽が笑って頷く。
「泣いてたって、名前さんには近づけませんから!」
「行動あるのみ、ヨ!」
お登勢はその顔を見て、目を細めて笑った。
「いい顔してんじゃないのかい」
111018