――目を見開いたままの三人の瞳がじわっと揺れたかと思えば涙が流れたのを見て、思わず表情が変わりそうになったから歯を食いしばった。
「な゛んで、そんなこと言うアルが…!名前…!」
「…なんで、泣くんだ」
「名前さんが…っ、あんなこと言うからでしょう!」
「…それくらいで、」
「うっうっ…名前姉…!」
「………………」
すると今まで黙っていた月詠が晴太の肩に手をおいた。
「どうやら名前はどこか頭でも打ったようじゃが…安心しろ、わっちがもう一発ぶてば元通りじゃ」
そうして私を見た月詠の瞳を、じっと見定める。
――さてどうしようか……月詠が相手ならば、言葉でいくら言ってもダメそうだ。
かと言って、逃げきれるとも考えにくい。
忍…とほぼ同等の月詠に、速さで勝負はしたくない。
「主、何をしている」
さて…本当、どうしようか。
あのときの吉原の侵入者は私だと、言えば必ずここに居る誰もが私を嫌うだろう。
クナイを避けられない一般人を装って傷を負い嘘を吐き、正しいことを言ってい、行動した月詠を嵌めたというか陥れたというか…。
けれど、侵入者は私だったと言えば、月詠は百華の頭領としてわたしを追う…。
――はぁ、ため息をついた。
「何を考えている?」
「これからどうしようか、考えていてね」
「悪いがぬしは、わっちに一発ぶたれてもらうぞ」
「ふふ、また随分と典型的なやりかただ……まあ、私を殴ったところで、私は何も変わりはしないよ」
「いや、今のぬしは確かにおかしいからな」
「…月詠に私は殴れないよ」
私へと歩いてきていた月詠が足をとめた。
「名前、わっちを見くびってはいないか」
「事実を言ったまでだよ。それに、たとえ私がおかしいと認めたとして、けれどそれは月詠には関係ない筈だ」
「いや、関係はある」
微かに眉を寄せる。
「確かにわっちとぬしは、そこまで親しい間柄じゃないかもしれん、話したのは、たった一回だけだしな」
「そうだね」
「けど、晴太も、神楽も新八も泣いている、悲しんでいる。わっちの枠の中の人間が悲しむのなら、わっちは一緒に悲しむ、そして解決するよう、共に行動しよう」
「――そうか、分かったよ」
やっぱりとことん、嫌われればいい。
私は出来るだけの速さで、月詠に小刀を投げつけた。
驚きながらも避ける月詠と、声を上げる神楽達。
既に走り出していた私は月詠の前に着くと、彼女の右肩の着物を掴み――腹に、膝蹴りを喰らわせた。
「なっ…?!」
月詠のなかで私は一般人と認識されているからなのか――それともあの時の侵入者からの攻撃とまったく同じだからなのか――痛みとは明らかに別に、月詠が目を見開く。
「名前!!」
神楽の声を無視し、力が抜けた月詠の首元の着物を掴むと身体を捻り、地面の上に叩きつけた。
私は立ち上がると、ふふ、と微笑んだ。
「ほらね、殴れなかった」
そうして、投げた小刀が落ちている場所へと向かう。
地面に落ちている小刀を取ろうと屈んで――
「…!」
何かが飛んでくる音に、咄嗟に身を引いた。
――地面に突き刺さったのは、木刀。
洞爺湖と、見慣れた文字が彫られている。
「久しぶりだな、名前」
見慣れた銀色に、私はひとり、歯を食いしばった。
110921.