「名前!」
街を歩いているとどこか後ろから名前を呼ばれて、私はゆっくりと後ろを振り返る。
「――神楽、こんにちは」
「やっと見つけたアル!」
「…私を?」
「そうネ、…ちょっと、聞いてほしいことっていうか、相談したいことがあるヨ」
そう言って眉を下げる神楽を少し見つめて、その頭に手を置いた。
「じゃあ、万事屋にお邪魔してもいいかな」
「!いいアル!」
「私は少しだけ用事があるから、神楽は先に」
「…約束アルヨ、絶対、絶対ちゃんと来るネ!」
「…分かった、約束、ね」
神楽は顔を輝かせて大きく頷くと、スキップでもしそうな足取りで去っていく。
その背中を私は見送ることもせずに反対側に振り返り、歩きだした。
――神楽とは逆方向に歩きだしてからは、表道から裏の路地裏やらをくぐり、そうして少しの遠回りをしながら、私は万事屋銀ちゃんの、裏にたどり着いた。
影が落ちた道の下、落ちている小さな石ころを拾って、閉まっている万事屋の窓に、こつんとあてる。
それを二回ほど繰り返した後、窓が開かれた。
「んだぁ?さっきから地味にこつこつ…」
「やあ銀時、こんにちは」
「え、さっきから窓鳴らしてたの、もしかしてお前?」
「そうだよ、ごめんね、読書の邪魔でもしたかな」
「いやそりゃ別に構わねえが、なんだってそんなしちめんどくせえことしてんだ?」
「ふふ、そのまま窓、開けておいてよ」
はぁ?と疑問符を浮かべた銀時には構わないで、私は、路地に置いてある、使われているのか疑問なゴミ箱に飛び乗った。
そして、そのままの勢いで何かのパイプをつかむと身体を持ち上げて、万事屋の窓の枠に、手をかける。
「お邪魔します」
そうして身体を持ち上げて、窓枠に膝をかけて微笑んだ。
「名前さん?げ、玄関あっちですよ?」
「こんにちは新八、サプライズだよサプライズ」
「いや何が?っていうかお前はよぉ、たまに珍しく来たかと思えば」
微笑んで会話をいなしながら私は草履を取って床におり、窓を閉めた。
「神楽、きたよ」
「名前!待ってたアル!」
「あ、入ってきた場所にはつっこまないんだ。――それより名前さん、靴、玄関に置いてきますよ」
「ああ……いや、いいよ、お構いなく。この古新聞の上に置かせてもらっていいかな」
え、と少しだけ目を丸くした新八が、神楽の寝床である押し入れに、神楽の蹴りによって飛ばされていった。
その行為にわたしは固まり、銀時は目を剥いている。
「銀ちゃんも早く入るネ」
「いや、つーか何で急に、」
「なんなら新八と同じように、ダイナミック入場させてやるアルか」
「入ります入ります!」
銀時も入ることとなった押し入れの前に、神楽が立つ。
「いいアルか二人とも、ちゃんと耳ふさいでるアルヨ」
そうして二人の返事が聞こえる前に、神楽は音をたてて襖を横に引いた。
…この様子から察するに、神楽は私に今から聞いてほしいことを、銀時と新八には聞かれたくないんだね。
万事屋を場所にして、悪いことをしたな。
…まあ――
「神楽、どうしたのかな」
だからといって、外で話そうか?とは――今の私は言わないけれど。
きっと『誰かさん』は、あの携帯に盗聴器を仕掛けていたんだ。
盗聴器が仕込まれた携帯は、もう湾の底か、流れに流れてどこかに行ってるだろう。
…目的が何かは、全くといって分からない。
けれど、用心に用心をこしたことはない筈だ。
窓に背を預けながら、私は、神楽の言葉に耳を傾けた。
110915.