銀時はへらっだか、にやっと笑うと、近づいてきて傍に腰を下ろして胡座をかく。
私はふらりと視線を、窓の外に広がる吉原の店の並びに移した。
「よぉ…名前チャン?」
「何かな、銀時クン」
「何で嘘ついた?」
…うん、普通ないつも通りの調子から、いきなり真剣な様子に変わるのは、相手の動揺を誘える良い手段だ。
…なんて、呑気に考えている暇はなさそうだね…。
「何の話をしているのかな」
「惚けんな。その手の甲の傷、本当にアイツに付けられたもんだろ」
「何を言うかと思えば…。私が動物に好かれないのは、付き合いが長い銀時こそ知っている筈なのに」
「だから知ってんだよ。お前は無闇にそのへんの野良猫なんかに手は出さねー」
端から聞けば可笑しな会話だろうけれど、銀時の雰囲気はぴりぴりしていて、目も、少し鋭い。
――…ふう…、と。
息をついて微笑んだ。
「時が経てば、変わる人も居るんだよ、銀時」
「…どういう意味だ」
「そりゃあ勿論、野良猫に無闇に手を出すような私に『変わった』という話だよ」
少し笑って、窓へと寄りかかり外の景色を見る。
頬杖をついた時に、袖の中にある件の物の確かな感触に、心臓が少し強く鳴った。
「…仕事か」
「…まだ同じことの話をしているのなら、」
「嘘つかなきゃいけねえような危ない仕事は止めろ。するな」
思わず銀時を見ようとして、咄嗟に止めておいた。
――見たら、引きずり込まれて、危ない気がした。
「…俺はお前が死んだと思ってた。それで再会したあの日、絶対に次は取り零さねえって、決めたんだよ」
「…ぎん、とき…」
「もう絶対に、」
ブーッ ブーッ
「…ご、ごめんね」
慌てて取り出した携帯の画面には、『誰か』じゃあなく同僚の名前。
少しほっとして、通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
「――女か…?」
「…え、あの…」
「――お前の同僚は預かった。返して欲しければ、我らの要求をのんでもらおう!」
――ああ、本当に…二度あることは三度ある…。
絶対今は、ついてない。
110602.