「あの人――オイラの母ちゃんかもしれないんだよ…!」
そう、何処か遠くから声が聞こえてきて、私の意識は微睡みから浮上した。
薄く開いた視界には積み重ねられた座布団が見える。
……母ちゃん…?
…オイラの母ちゃん…。
……何だ?
ぼうっとしながらも瞬きを数回。
銀時や新八、神楽の声も聞こえてくる。
そしてどうやらそれが、襖一枚挟んだ違う部屋からだと分かって体を起こした。
――…そうだ…私、銀時に手刀を喰らって…。
きっと私が、家には帰らないで木内理を探しに行くって分かったんだろうな…。
銀時は隣に居たし、携帯が見えていてもおかしくない。
それにしても、どんな寝かせ方だ。
少しだけ張った首を撫でる。
そしてふう、と息をついた。
さっきの会話は、例の吉原の子供か、な。
きっと。
しかし本当に、万事屋は色んなことに巻き込まれるねえ。
…まあ、三人が自ら巻き込まれていってるんだけどさ。
優しいから。
「…さて、と」
どうやら此処は、万事屋銀ちゃんじゃあなくてスナックお登勢らしい。
お登勢さんの声もさっき、聞こえていた。
万事屋の三人が出ていったのを聞いてから数十秒して、静かに襖を開けて店の方へと歩いていった。
「ああ、起きたかい」
「はい。すみませんでした、部屋を使わせていただいたようで…」
「気にしないでいいんだよ。よく寝られたかい?」
「はい」
微笑んで頭を下げる。
ご飯を食べていきな、というお登勢さんの誘いを一度は断り、けれどお言葉に甘えることにした。
苦笑してカウンターに腰かけると、…例の吉原の子供だろう、男の子が私を見ていた。
「…どうしたの?」
「えっ。あ、いや!」
「ふふ、そんなに慌てなくても、取って食べたりしないよ。…ああそうだ、確かチョコがあったんだ。あげる」
同僚から貰ったチョコ。
はっきり言って、甘過ぎる。
一粒でこの甘さ!
甘さが凝縮されています!
なんて宣伝されていた物だ。
三個貰って一個食べて。
――もう私には無理です。
「って、君が甘いものが嫌いだったら駄目だよね。甘いもの、大丈夫?」
「うっ、うん!全然!っ、ぜん、ぜん、…っ」
「え、あ、あれ、どうして泣くの?もしかして無理してる?ガムもあるよ?」
「へ、へへっ、そうじゃなくて……オイラ、今までじいちゃんしか優しい人なんて居なくて…。今日一日でいっぱい優しい人に会ったから…」
ぐしぐしっと雑に目を擦る男の子。
「オイラ、知らなかった。家族じゃなくても、血が繋がってなくても、こんなに優しくしてくれる人、居るんだな!」
顔をぐしゃぐしゃにしながらも笑う男の子。
その丁子茶色した頭にふわっと手を乗せて撫でた。
「血の繋がりに、あまり意味は無いよ」
「……え…」
「だからと言って、母親を探すことを否定してる訳じゃないから、特に考えないで聞いて欲しい」
瞳を見つめれば、こくん、と少しぎこちなく、けれどちゃんと頷いてくれた。
「血の繋がりは、そりゃあ身体的には大事かもしれない。輸血とか、DNAとか。けど、精神的には必要ないと、私は思うね」
だって、愛し合って結婚した夫婦には、血の繋がりは無いんだよ?
「血の繋がりじゃない。お互いが大事だ、って。大切だ、って。そう思っているのならそれでいいよね」
ねえ、君がこれから探しに行く「母親」を、君はどうするのかな。
110414.