「名前」
「……」
「…名前」
「……」
「名前!」
「っ、…びっくりした。どうしたの?急に」
「…さっきからずっと呼んでいた。具合でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫。ただちょっと、小太郎の変装バレないのかなーってね」
「要らぬ心配をするな。俺を誰だと思っている」
「逃げの小太郎様々です」
「ああ、そうだ」
ははは!と高笑いする小太郎に私も笑い、周りを見渡す。
人通りが多いかぶき町。
ホストやホステス、ヤクザやギャル、店の宣伝でコスプレをしてる人。
ちらりと隣を見る。
木傘をかぶった小太郎と、その隣を歩くエリザベス。
まあエリザベスを誰も気にしていないから、大丈夫か。
――……それにしても…、
「お、俺はその日ずっと桂さん達と一緒に居たんだ。夜も寝なかったし、ずっと、ずっとだ!そしてそのまま江戸へ出てきたんだよ…」
一人生き残った彼はきっと、小太郎達と一緒に居たから殺されなかったんだろう。
殺された人が全員一人で居た訳じゃないから、殺されなかった理由は人数じゃなくて、誰と居たか。
「……名前」
「…え?あ、何?」
「着いたぞ。…大丈夫か?」
「ああごめん、大丈夫だよ」
心配そうに眉を寄せる小太郎に微笑めば、納得いかないようにしながらも店に入った。
私も小太郎とエリザベスの後に続く。
「ああ、来たかい」
「こんばんは、お登勢さん」
「んだよ、ヅラも居んのか」
「ヅラじゃない、桂だ」
スナックお登勢の中に入る。
テーブル席に一足先についている銀時と小太郎の馴染みのやり取りを聞きながら、私も歩いて、
「あれ…この人…」
「ああそれかい?何だか貼っとけって回覧板で回ってきてねえ」
「死刑判決が出てた男ですよ。…へえ、脱獄したんだ」
店の壁に貼られていた紙。
所謂「このかお見たら110番!」。
仕事で、というかテレビでも大々的に放送していた犯罪者。
軽く受け流して、銀時と小太郎が座るテーブルに行って私も同じく腰を下ろした。
すると座って直ぐに、緑青色の髪をした女性が酒瓶両手にやって来て。
おや?と思った。
この人、まるでカラクリみたいな目をしている。
「はじめまして」
おや、びっくり。
話し方もカラクリ的だ。
「はじめまして、名字名前だよ」
「私はたまです。名前様、」
「ん?何かな」
「寝てください」
思わず笑顔のまま固まった。
そんな私に、たまはもう一度同じ言葉を繰り返す。
「名前様は約三十四時間寝ていません。もう体に支障が出てもおかしくないです」
その時、銀時と小太郎の雰囲気が変わった。
思わず咄嗟に身を引いたけれど、顔に影を落とし口元だけで笑っている銀時に肩を引き寄せられた。
「名前チャ〜ン…?」
「…は、ははっ、どうしたのかな銀時くん」
「今すぐ寝ろ。嘘は意味ねェぞ、コイツはからくりだ」
「ああ、つまり私が三…何だっけ?三十何時間寝ていないことは決定してるんだ」
「だから先程から様子がおかしかったのか…。いかんぞ名前、武士たる者、睡眠は十分に」
「いや、武士じゃないから」
するとその時、バッグのポケットに入れてある携帯が振動し出した。
取り出して開くと、同僚からメールが来ている。
「木内理(きうち おさむ)。刑務所内から脱獄。かぶき町内で目撃情報あり。」
そうしてスクロールすれば、さっき店内で見たばかりの顔。
――…かぶき町か…まあ確かにここが一番に隠れやすい。
顔を変えられてしまう前に捕らえなきゃね…。
警察庁に勤める人間の中で、私はあくまでただの事務員。
配下には真選組や他にも機動部隊などが居るけれど、警察庁内には結構事務員が多い。
けれどその中でも、隠れた事務員が居る。
戦える。
私もその一人。
備えあれば憂いなし、と。
まあそういうことらしい。
携帯を閉じて鞄に戻す。
「じゃあお言葉通り、私は帰って寝る、…っ?」
首裏に鈍い痛み。
一気に掠れる視界の中で銀時を見れば、にやっと笑っていた。
110414.