「そりゃあ…ほんにか?!」
「ああ、…坂本、――名前は生きている」
その言葉を聞いた瞬間、ほうっと震える息を吐いた。
じわじわと胸の辺りがあったかくなって溶けていって、ぽろりと零れ落ちた一粒の涙となって現れる。
ぐしっと少し乱暴に頬を拭って、そして心から笑った。
「良かった…!ほんに、良かったのう…!」
電話越しのヅラは少しこぼすように笑って、そしてああ、と言う。
頭の中に、数年前のことが思い浮かんだ。
「――…嘘、じゃろ…?」
「……嘘ではない。坂本、俺は嘘はつかない」
「そ、そうじゃ!お前さんは真面目な奴じゃったが、名前はよく嘘をついていたじゃろ!だから、だから…!」
「坂本」
「っ…!」
「名前はよく嘘をついて俺達を困らせていたが、縁起の悪い嘘など…ついたことがあったか…?」
「………………無い、の」
「ああ…」
「……じゃあ、ほんに…」
「…………」
「ほんに名前は…、死んだんじゃ、な…」
「…そう考えるのが、一番自然だろう」
にこにこ、頬が緩む。
「で、ヅラは何処で会ったんじゃ?」
「ヅラじゃない桂だ。…そうだ!思い出した!聞け、坂本。名前は今幕府機関で働いているんだ!」
「なんじゃと?!」
「驚くだろう。名前は俺と共に刀を取る運命に」
「わしの会社は江戸とも勿論商いが行われとるんじゃ!それも幕府とじゃから…行けば絶対名前に会えたんか!」
「そっちか」
するとザザ、と電話口に砂嵐のような音が聞こえてきた。
この電話は宇宙に居ても地球や他の惑星と通信出来るが…やっぱりまだまだ改良の余地はありそうじゃの。
――ヅラと電話をし終えて、部屋を飛び出し陸奥の居るだろう中央部屋へと向かう。
からん、ころん、。
下駄の音に笑みを深める。
今度の地球への商いへはわしが行こう!
いや、それより今直ぐに行きたいのぉ…じゃが地球との商いはまだ先じゃけ、変えられん。
いっそのことまた勝手に飛び出しちまうかのー!
……いや、駄目じゃきね。
陸奥の本気で怒った時の顔が思い出されて、一人で少し青ざめる。
「陸奥ー!!」
シューンという機械音と共に開いたドアを抜けて陸奥を呼ぶと、商談中だったのか他にも数人が居た。
「……頭、今商談中じゃ」
「あっはっはー!悪いのお、陸奥。それより提案が」
「――辰馬…?」
――目を見開いた。
聞き覚えのある、柔らかい声音。
目を見開いたまま陸奥の後ろを見れば――名前が居た。
「名前〜!!!」
「わっ」
がばりと抱き着いて、ぎゅうぎゅうと抱き締める。
「名前〜名前〜!」
「……ふふ、久しぶりだね、辰馬」
「名前〜!!」
優しく頭に手が伸びてきて、ふわふわと変わらない柔らかさで撫でられる。
それが嬉しくてまた抱き締めると、ぐっ…、と名前が声を漏らした。
「……頭」
「ん?なんじゃ、陸奥」
「……窒息するぞ」
「ん? あ、あぁあ名前!悪いぜよ〜!」
慌てて離すと名前は苦笑しながらまた優しく頭を撫でてきて、嬉しくてまた抱き着くと陸奥に怒られた。
「――…デーメーテール?それって、ギリシャ神話に出てくる女神のこと?」
「おお!知っとるんか?」
「少しだけね」
そう頷く名前の手元には必要な資料の紙。
今回名前が取りに来た材料はこの資料の物じゃ。
「司るものは地母。まあ名前の付け方なんぞどうでもいいがの。母なる大地で全てを包み込むっちゅう案じゃ」
「へえー、いい付け方だね。――ああ、だからシールドなんだ」
作動させてから約1時間でシールドが張る、宇宙の希少石パンドラで作られたシールドは防げぬ物は無い。
――と、説明書を音読していく名前の手を取り、立ち上がる。
「そんなのより、名前に見せたいものがあるんじゃ!」
「いや…私が持って帰るものだから…辰……はあ」
後ろから聞こえた苦笑するようなため息に笑って、そしてある部屋を目指した。
「――此所じゃ!」
「……特に、変わったものは無いようだけど…」
「フフ、まあ見とれ!」
部屋の中心に名前を置いて、入口へと戻る。
壁に取り付けられたスイッチをかちり、押した。
「……うわ……!」
感嘆の声を上げる名前に、にっこりと自分の頬が緩むのが分かった。
――部屋の天井は、満天の星空で塗られている。
宝石箱をひっくり返したよう、なんて言葉が確かにぴったり当てはまる。
「すごいねえ…!天井が、宇宙だ…!」
「あっはっはー!名前、説明がおかしいぜよ」
けど名前の言い方もよく分かる。
この部屋の天井は透明になるように作っていて、電気を消すと同時にそうなる。
「――名前」
「ん……?」
「昔…言ったじゃろ?」
「じゃあ…何時か、何時かまた辰馬に会えたら――星を貰いたい」
「いちばん最初にとった星をあげるぜよ」
伝えれば名前は凄く驚いた。
そして直ぐに微笑む。
その笑顔が泣いてるみたいだと、わしは思った。
110319.