仕事が終わって帰り道。
少し肌寒い空気が気持ち良くて適当にぶらぶらと歩く。
「死ねェエエ!!」
――と思ったら罵声。
折角の心地良い静寂が台無しだ。
歩みを進めていくと、刀を振り回す攘夷浪士たちに応戦する黒い隊服の人達。
そして遠巻きに見ている市民が見えてきた。
―…馬鹿だなあ。
こんなにおおっぴらな場所で騒ぎを起こして、何が出来るんだろう。
目的が分からない。
「な、奈々!」
「ハハハ!この娘がどうなっても良いのか、お前ら!」
すると攘夷浪士の一人が五歳児くらいの女の子を人質に取った。
涙を流す母親を周りの人が止めている。
女の子も、泣いている。
私は歩きながら隣の呉服屋から軽い布を拝借する。
勿論、ちゃんとお札を何枚か置いてから。
人々は皆、息をのんで事件の様子を見守っているから私の方は向いていない。
――ふわり、と布で顔を覆い片手で抑え、地を蹴った。
「分かったら大人しくしろ!真せ…っ!」
女の子の首元を掴んでいた男の首をひと蹴り。
男の手が離れ宙に浮いた女の子をキャッチ。
「走って」
ドシャ!と地面に倒れた攘夷浪士には目もくれず、女の子の耳元でそう言葉を紡ぐ。
まんまるの瞳から大粒の涙を流す女の子に目を細め、軽くその小さな背中を押した。
「テメェ!いきなり何してくれんだ!」
母親が女の子を抱き留めたのを確認してから、攘夷浪士に振り返る。
標的を私に変え走ってこようとする攘夷浪士。
袖にある小刀を投げた。
「ヒッ…!」
自分の直ぐ横、首の皮一枚を切って壁に突き刺さった小刀に小さく悲鳴を漏らした。
私は投げたと同時に走り出していて、青ざめ動けないでいる攘夷浪士の腹に蹴りを喰らわせた。
そしてその反動のまま向きを変えて路地裏に入りそのまま走っていく。
後ろから聞こえた拍手と歓声に少し笑った。
「…ふう、」
積み重なった段ボールや捨てられた粗大ゴミ。
昼間なのに薄暗い。
それらの中をくぐり抜けた開けた場所で布をはらりと取って地面に放った。
ありがとう、布。なんて。
むやみやたらに顔を晒して行動するのは好まないから、助かったよ。
「――待ちやがれ」
ぴたり。
反対側の表道へと歩き出していた私の足を止める声。
「救世主さんに礼を言いたいとこだがそうはいかねェ。――銃刀法違反。知らないわけじゃねえだろ?」
ゆるり、と口元を上げる。
目を細めて少し首を傾げて、振り向いた。
「嫌だなお兄さん。あれ玩具だよ」
「…玩具だと?」
「銃刀法違反なら知ってる。それなのに持つわけないでしょ?犯罪者でもあるまいし」
「………」
ていうか瞳孔開いてますけど大丈夫ですか、と言いたい。
「信じられないなら見てきたらどうですか?」
この男の警戒心が声をかけてきた時より薄れている。
やっぱり笑顔だよ、笑顔。
怖い笑顔じゃなくてね。
困ったように笑う。
「私がまだ怪しいなら一緒に着いていきますよ。それなら良いでしょう?」
離れていた距離を自分から詰める。
切れ長の目を見返してにこりと微笑んだ。
「そうだな…来い」
そうして背中を向けた彼。
私より先に前を向き歩き出した彼。
にやり。
ガタガタガタッ!!!
「なっ!」
道の両隣に積み上げられた物々を蹴り飛ばせば、私と男の間に散らばるそれら。
胸ら辺の高さまで重なり落ちたそれらと、起こる砂ぼこり。
驚いた表情の彼に、身を翻しながら笑う私の顔は見えただろうか。
「待てゴルァアアア!!」
見えていたみたいだ。
100119.