居間の机に突っ伏していると誰かが入って来た。
――誰か、なんて…見ないでも分かる。
居間に入るまでの廊下は普通に歩いていたのに、居間に入る時に変わった。
わしが寝ているのを見て、変えてくれた。
―――ふわり、
すると微かな風と、それに乗って柔らかい匂いが隣に起きた。
それに頬を緩めながらも、柔らかい匂いに少し眠くなる。
と、いきなり優しい力で髪が引っ張られた。
ん?なんじゃ?
ぱっと離されて、次いで小さな笑い声。
ああ…わしの髪は巻き毛じゃから、引っ張っても戻るのが面白いんじゃろうな。
「…名前〜」
「あ、おはよう。辰馬」
「続けてほしいぜよ」
突っ伏したままで顔を名前の方に向けると、髪を遊んでいた手を離そうとした。
から、すかさず言うと嬉しそうに笑顔を見せて、今度はふわふわと撫でてくる。
あ〜気持ち良いぜよ…。
なんで名前はこんなに落ち着くんじゃろうなあ…。
柔らかい笑顔を浮かべたままの名前に、喉の奥が疼く。
「なあ…名前〜」
「んん?」
「名前〜名前〜」
ゆっくりと頭を撫でる名前は、わしの言葉を急かさない。
それでいて柔らかく緩く、絡まった糸をほどいてくれて続きを促す。
詰まった喉を、楽にしてくれる。
わしは最初、女っちゅうモンは皆こんな風に柔らかいんかと思っとった。
けど違った。
こんなに弱音を吐けるのも、優しく聞いてくれるのも、広く受け止めてくれるのも…わしは名前しか知らん。
「名前、わしな…」
「うん」
「わし…宙に行こうかと思っちょるんじゃ」
宙に行ってみたら、居るんじゃろうか。
「…そっか」
表情を変えない名前をじっと見上げる。
賛成なのか、反対なのか、分からない。
「辰馬は船が好きだよね」
「好きじゃ」
「星を見るのもだね」
「好きじゃ」
「私は、辰馬の笑顔が好き」
「…!」
「船のことを話す時。星を眺めてる時。―素直に笑う辰馬が好き」
――…ああ…なんでじゃろ。
泣きそうじゃき…。
グッと歯を噛み締める。
「わ…しは、わしは、宇宙にデッカイ船浮かべて…星ごとすくいとる漁をするんじゃ!」
笑うと、名前は眩しそうに微笑んだ。
「じゃあ…何時か、何時かまた辰馬に会えたら――星を貰いたい」
―…名前、名前。
何時かまた会えたらなんて言うんじゃなか。
絶対に会うんじゃ。
名前はふらふらふらふら誤魔化すから、分からんき。
心配ぜよ。
「いちばん最初にとった星をあげるぜよ」
―なあ名前、名前は実際高杉よりも不安なんじゃ。
わしらの荷物は背負うのに、名前の荷物は背負わしてくれん。
「約束、ぜよ」
――なあ名前、わしらと名前は 仲間 じゃき。
100113.