午前12時30分。
静まり返った母屋。
音が立たないように刀を腰に差す。
予め開けておいた襖からまず足を、そうっと廊下の床に下ろす。
きしっと鳴る木の床。
足の先の方にだけ重心を置いて歩いていく。
階段を下り、居間の横を通り過ぎ玄関へ向かう。
開いたままの玄関。
灰色の石の床をそのまま歩いていく。
玄関を出て地面になる場所で右手に持っていた草履を置く。
音も無く地面に乗ったそれに足をはめて、そして音も無く柔らかい地面を歩いていく。
閉まったままの門。
地面を軽く蹴り、屋根の上に乗った。
少し立ち止まって、後ろを振り返る。
灯りの消えた母屋。
開いたままの玄関から、今下りてきたばかりの階段が暗がりに見える。
落ちるように屋根から降りて着地すると、枝でも踏んだのかパキッと乾いた音がした。
――…気付くなら、きっと明日の夕方から夜だろう。
毎日ずっと一緒に居るわけでもない、けれど、今の私は姿が見えないと少し怪しい。
「団子食べたいな。明日町でも行こうかな」
夕方にでも気付けば時間はとっくに経っている。
銀時、小太郎、辰馬、晋助…気付いても、何もしなくて良いからね。
私は自分から行くんだから。
しかも皆を助けたいというより、面倒臭いんだ。
誰かが私のせいで死ぬのが。
こんな私だから、何もしなくて良いんだよ。
母屋を離れて戦地の方へと歩いていくと、今朝見たばかりの灰色の長い髪が暗闇の中にぼんやり光っていた。
やっぱり…当たってた。
この場所は…――
「来ると思ってましたよ」
「…私も、貴方は此処に居る気がしたよ」
「ふふ、アレを見た時は気分が上がりましたよ」
「……そういう趣味?」
首を切り落とされた、死体なんてね。
「ふふ、ふふ…!君なら、分かってくれると思った!アレを…戸惑いもない斬り方を見て思ったんですよ…!」
「……何を?」
「本題はまだ…とりあえず着いてきてくれますか。喜びは、甘さは最後に味わうものです」
そう言って歩き出した男の後ろを静かに歩く。
「私はセイと言います」
男…セイが名乗って私に視線をやる。
私の瞳の奥を見る、その瞳。
促すように微笑まれて、私は軽く口元を上げた。
「私の名前は求めていないでしょう?」
「!」
「普通を気取らなくて良い。そんな会話をしたいわけじゃ、ない筈だよ」
そう言って此方から視線を外した。
セイの視線を感じたまま、私は前だけを見て歩く。
「今の地球の技術じゃ方法は分からないけど、今朝の襲撃の時天人達が一斉に撤退したのは貴方が何かしたんでしょう?そうすれば彼処には貴方一人になる」
他の天人が居る前では出来ない。言えない。
だから自分の地位の高さを生かして、天人達を撤退させた。
「建前なんか要らないよ」
「ふ、ふふふ…!」
「………」
「ああ!ああ!良かった!君なら出来る!絶対に!」
セイは荒く息をしたまま、裾から何か小さな機械を取り出した。
そして長方形のそれの、真ん中にある円を押した。
「…!」
次の瞬間、山の向こうの空で赤い光が飛び散った。
次いでドォオオオン…!と微かな爆音が響いてくる。
「あれは…」
「私の仲間…いえ、今まで居た船です。軍艦三隻の内の、ひとつ」
セイはまた同じように二回、円を押した。
二個の赤い塊が空に浮かぶ。
二回聞こえてくる、微かな爆音。
「ふふ、爆発しました。貴女の言った通り、この技術は地球とは違います。このボタンを押せば、私が此処に来る前に取り付けた爆弾が爆発します」
「…理由は?」
「貴女に信じてもらいたかったのです。私は約束を守る、と。母屋の襲撃はこれで無くなりました」
セイは微笑んだ。
さっきと全く同じように。
「私、この世界のモノじゃないのです」
100112.