「おい…ふざけてんですかコノヤロー。名前が欲しい?一昨日きやがれ」
「ふふ、では彼女に聞いたらどうです?」
「……名前、知り合いか?」
「いや、初めて見たよ」
小太郎の不安げな問い。
安心させるように軽く笑ってそう答える。
「ふふ、ふふ、君は、私と同じなのですよ。ふふ…!君ならきっと、分かる!分かるんだ!アレを見て、分かっ…!」
男の声は、晋助が投げた胸を狙う刀によって途切れざるを得なかった。
「黙れ。頭がおかしいなら他をあたれ」
「名前に何を求めてるか分からんけど、やれんぜよ」
…これは…私、行くよ、なんて言えない雰囲気だ。
「…そうですか。では襲撃を止めない、と?彼女一人をくれるだけで良いのですよ?なに、殺したりなんかしません。ふふ、そんな勿体無い」
「やらねーよ」
「とっとと失せろ」
「今此処で斬られてェか?」
「おんしのような怪しい奴に名前はやれんぜよ」
「……そうですか。では、また」
最後に私をもう一度見て、白い爆煙と共に男は消えた。
「それにしても何故名前を…。名前、本当に心当たりは無いのか?」
「全然ないよ」
「こりゃ一目惚れじゃな」
「あら、どうしようか」
「止めとけ止めとけ。あの手の野郎はドメスティックバイオレンスだ、絶対」
「ああ、確かにちょっと危ない感じはしたよね」
「頭が沸いてんだろ。天然パーマでもねえのにな、ククッ」
「おい高杉ィイ!おめっ今全国の天然パーマの皆さん敵に回したからな!」
「そーじゃそーじゃ!」
「お前らァア!三日後の作戦を考えていた筈だろう!」
小太郎が母屋の見取図をバシン!と床に叩きつける。
ごめんごめんと笑いながら私は、チラチラと遠慮がちに送られる視線に、思わずため息をついてしまいそうになった。
銀時ら四人以外から感じる視線の意味するところは、分かってるつもりだ。
なんであの男が私を欲しいのかは分からないけど、私があの男の元へ行くだけで、母屋への襲撃を回避出来る。
それはイコール大勢の攘夷志士の、彼等の仲間の死の回避。
どちらを選ぶべきかなんて、誰にでも分かる気がする。
「…昼寝してきて良い?朝早かったから眠いんだ」
「ずりい、銀さんも」
「オヤスミ」
有無を言わせず立ち上がって居間を出た。
トントンと階段を上がって部屋の襖を勢い良く横に引く。
部屋には入らずにもう一度襖を今度は逆側に、でもまた同じく勢い良く引いた。
息を殺して立ったまま動かないでいる。
居間には襖は無い。
居間と私の部屋は階が違くてそれなりに距離もあるけれど、会話は聞こえるんだ。
「―――っ、なあ…!」
すると一分も経たない内に、切羽詰まったような、必死そうな声が結構な大きさで響いてきた。
「坂田、桂、高杉、坂本!」
――…この分なら、耳を澄まさなくても聞こえるな。
自然と力が入っていた体を、息を吐くことで楽にした。
「お前ら四人共…分かってんのかよ?!軍艦三隻だぞ!」
「あんなデケェ大砲で撃たれたら、防ぐことなんか出来やしねえ!」
「……だから今こうして、策を練ってるのであろう」
「っ、なあ、なあ…!名前を、名前一人を渡せば丸く収まるじゃねえか」
「そ、そうそう!殺すとは言ってなかったしよ!大丈夫じゃ」
ダンッ…!!!!
すると壁を殴るような強い音が響いて思わず肩を揺らした。
「……お前ら、それ本気で言ってんのか?丸く収まる?何が?はは、俺バカだから分かんねえや」
……銀時、怖いな。
笑ってるけど、全然笑ってないよ。
…そんなに怒ることじゃあないのに。
「銀時、壁が壊れる。…名前は俺達の仲間ではないか。お前らは、敵に仲間を差し出すのか」
……仲間、か。
大丈夫だよ小太郎。
仲間なんてのも今だけ。
どうせ戦争が終わったらそんなのも終わる。
だからさ、良いんだよ。
「軍艦三隻が何じゃ!大体、名前をやったからってアイツらが約束を守る保証なんか何処にも無いじゃろ!」
ああ、それは確かに。
…面倒臭くなってきた。
私のせいで母屋が襲撃されたとか、誰かが死んだなんてなったら、面倒臭すぎる。
イヤだね。
「弱い奴等は黙ってろや。軍艦三隻が怖ェなら今すぐ出てけ。戦争なんかしてらんねェんじゃねえか?」
――晋助も…皆も、ありがとね。
四人が私を、ハイどうぞ、って差し出さないでくれただけでもう感無量だよ、なんて。
私は別にそうされても何も思わなかったから、そうしても良かったのに。
…でも、ありがとう。
100111.