「――襲撃だァああ!!!」
母屋中に響き渡ったその声で目を覚ます。
辺りはまだ暗くて夜だ。
横に置いてあった刀を掴み取り窓から顔を出す。
まだ門でとどめている。
―…けど、既に何人かが地に伏せていた。
天人も、攘夷志士も。
窓枠に足を掛けて、そして身を投げた。
ザッ!と地面に着地すると共に鞘を投げ捨てる。
「…元気だねえ、みんな」
天人達もよくこんな夜中に奇襲かけるこった。
そこまでして私達を殺したいのか。
ザンッ…!!
後ろから天人を斬りつける。
ゆらりと傾いたその体は、前から銀時が貫いた。
大体思うんだけど、天人の目的は地球を、江戸を開国させることじゃないのかな。
開国させるなら人質でも取った方がやりやすい。
もう皆、天人も人間も、ただ相手を殺してるだけだ。
――…どうでもいいけれど。
「「「!」」」
すると、天人達の動きがピタリと止まった。
全員、一斉に。
「…?」
訝しげに眉を寄せて、斬りつけようとしていた天人を見やる。
「おい、撤収だ!」
「ああ、分かってる!」
すると天人達は口々にそう言い斬り合いをいなして去っていく。
「この…何処行きやがる!」
「待て。追うな」
「し、しかし、桂さん…」
「無駄な戦いは俺達にも響く。此処は引くんだ」
小太郎の言うことは最もだけど…何しに来たんだろう。
此方側は死人が出ていないから、私達の戦力を減らすことにもなっていないし…。
ま、なんにしても、まだ寝惚けてたから丁度良かった。
二度寝しよう。
―――ガサッ…
するとその時、小さいけれど確かに、木が揺れる音がした。
枝が軋む音。
葉が擦れる音。
天人の奇襲に文句を言う群がりを何の感情も抱かず見ていた私は、鼓膜に届いたその音に身を翻した。
「!名前!!!」
―――元居た足元に刀が突き刺さった。
柄を持つ先には、灰色の髪を腰ほどまで伸ばした長身の男。
斜めに流れた前髪で表情が見えない。
地面に刺さった刀を踏み台にして、そのままの勢いで男の首元を狙いにいく。
――その瞬間、男の口元がにいっとつり上がった。
男の喉仏がひくりと痙攣したように速く上下。
私の太刀筋を避けることによって前髪が流れ、顔が露になる。
「君、だ…ね……!!!」
ぎらぎらと歓喜に包まれた笑顔が、そこにはあった。
「退きやがれ!」
「ふ、っ…は、は…!」
「…気味が悪い男だ」
瞳孔の開いた瞳にじぃっと見つめられて、思わず一瞬間、固まってしまっていた。
――人の瞳に、あんなに自分が写るのを見たのは初めてだ。
後ろから銀時、小太郎、辰馬、晋助が来て男に斬りかかったが、男はひらりとそれを避け門の上に降り立った。
白く細い指で顔を覆いながら、堪えきれないといった風に断絶的な嗚咽ともとれる、けれど確かに笑い声を漏らしている。
「ひっ…!く、っ…ふう、落ち着け。…っ、ふ」
紅い満月をバックに肩を震わせるその男は何か必死で自分を抑えようとしていて。
私の少し前に立つ四人を盗み見れば、眉を寄せたまま訝しげに男を見ている。
――すると、すらりと。
男はその細い指を三本立てて私達に向けた。
「……三日、だ」
「…?」
「三日後に…また来る」
震える指とは反対に、声はもう震えていなかった。
「…三日後だァ?今テメェを斬ってやるよ」
「ふふふ…私が今夜仲間の元へ帰らなければ、明日の内にまた此処へ襲撃をすることになっていますよ。時間が多いにこしたことはないでしょう」
「アイツ…見たことあるきに。前にわしらの仲間50人以上殺した天人の仲間じゃ!軍艦三隻のトップに立ってたきに」
「…私のことを知っていましたか、話が早くて助かります」
…男と四人が話す中、他の攘夷志士が少しの悲鳴を漏らして後退りする中――少しの愉しさを心の上の方に生み出した私の思考は、変わっているのだろうか。
戦地に居てほぼ毎日刀を振り回し誰かを殺す。
これが『今の』私にとっての日常。
そんな中で、この男は私に非日常を持ってきた。
まあ私は別に非日常が好きだとかいうスリル精神の持ち主じゃない、決して。
それが一般に比較して穏やかでなくても、危険であったとしても、それが私の『慣れ』となっているなら良い。
それが日常だ、と思う。
ただ、その日常を掻き乱す原因がこの男なら…その透明な波に身を任せてみようかと、そう思える。
明らかに好転にはならないかもしれない。
歓喜に歪んだ唇、目。
ぎらぎらと滲んだ本能。
堪えきれていない、狂気を孕んだ喉の奥からの叫び。
「――ただ、明日でも三日後でもなく…此処を襲撃しないという案もあります」
すると男の物腰柔らかで丁寧な声音が再び聞こえて、何もない空中を写していた視界のピントを合わせ、男を見上げた。
目が合う。
「此処を壊されてはお困りでしょう?まあ当然、壊すだけではなく死人も出るでしょうが。…私が一声掛ければ、襲撃は無くなるのですよ」
「…お前に母屋の襲撃を止めたところで、利益があるとは思えんが」
「ふふ、ふふ、利益はあります。私は襲撃を止める交換条件として、その利益を得たいのです」
男が必死で荒くなる息を抑えようとしている。
そして一旦大袈裟に息をついて、冷たい空気を這うように言葉を紡いだ。
「私の望みは…貴女です」
――男と私の視線は、ずっとかち合っていた。
100111.