「そんな、しょうよう先生、どうして…!」
「名前、少しだけ、声を落として」
先生のかた越しに見える男の人たちを見やったわたしは、直ぐにまた、先生をあわてて見る。
けれど言われた通り、少し声は、おさえて。
「先生は、わたしと同じなんですよね?それなら先生は、やみに消えないんじゃ…!」
「いいえ、私は、あの闇で自分をものみ込ませることが、出来るんです。そして今から私は、それをします」
「どうして…!」
「いいですか、名前。人によって、出来る闇の大きさは違います。誰かを媒体にし闇を出現させても、その闇が小さかったら、遠くに居た奴らに逃げられてしまいます」
先生の言ばを必死にそしゃくして、りかいしようとする。
…なんとなくだけれど、分かった。
「けれど、一人でも逃してはいけないのです。一人でも逃せば、あなたという新たな情報が入ったこともあり、彼らはまたここに、来る」
しょうよう先生は目をやさしく細めて、微笑んだ。
「大丈夫、私なら、誰一人として逃すことはしませんよ」
「け、けれど、あのやみに消えて、それから先生は、戻ってこられるんですか?」
その答えはなんとなく、分かっていた。
だってお父さんとお母さんが、帰ってきていないから。
そしてわたしは先生の顔で、答えを確かなものにする。
「戻って、こないんですよね、先生…!それなら、わたしがやります!」
しょうよう先生がまゆを寄せた、少しコワイ。
「…あなたに出来るか出来ないかは置いておくとして、名前、今の言葉の流れからすると、まるであなたは、自分なら消えていい、と…そう言っているように聞こえますが」
「わたし、よく分からないけれど、多分!消えた方が、いいんです…!」
「名前、」
「だってわたしは、今のあまんとだけじゃない…!父と、母を…消したんです…!」
するとしょうよう先生は目を見開いた。
そしてやさしく、わたしの頭に手を置く。
「そう、そうなんですか、だからあなたは一人で、林の中で…」
「しょうよう先生、わたしが、消えます。先生は、死んじゃダメなんです…!」
ぎんときも、こたろうも、しんすけも。
みんな先生が大好きだから。
だから、先生はいなくなっちゃダメなんです。
「だから、わたしが…!」
「大切な誰かをあの闇で消してしまったという経験も、同じですよ」
すると先生は低い声で、何か言った。
けれど聞き取れなくて首をかしげると、先生はわたしの目をまっすぐに見る。
「死んでもいい人間なんて、居ないんですよ」
「……」
「名前、私が消えた後…この寺子屋を燃やすことを、頼んで良いですか」
「――!燃や、す…?」
わたしは首をよこに振る。
「てらこやは、ここは、しょうよう先生とみんなを繋ぐ、大事な場所です…!」
「はい、だからこそ、です。…人間、記憶は残っても、悲しみは続かない。続いたら、生きている人間は、悲しみによって、生きていけなくなってしまうから」
「……」
「寺子屋という、私とあなた達を繋げる場所が残っていると、ここに来るたびあなた達はきっと、悲しんでくれる、悲しんでしまう」
「しょうよう、先生」
「私は、これから先のあなた達の、悲しみにはなりたくありません。記憶の、ほんの少しのところにだけでも残しておいてくれれば、それだけで十分、とても幸せです」
しょうよう先生が立ち上がり、わたしに背を向ける。
わたしはハッとして叫んだ。
「先生、待って下さい!」
「生きなきゃいけませんよ、名前」
しょうよう先生のうでから、足から、やみが現れる。
男の人たちが目を見開き、声を上げ、にげようとする。
やみに消えていく、しょうよう先生の白に、わたしは手を伸ばして走り出した。
するとその時、しょうよう先生が振り返って。
キレイに、微笑んだ。
「人は生きるために、生まれてきたのですから」
わたしの足が、とまった。
伸ばした手は、ふるえて。
――そうして、しょうよう先生はやみに消えた。
男の人たちも、だれ一人として残っていなかった。
あったのはただ、キズだらけのてらこやと、わたしだけ。
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