次の日の夜、いつものようにいつもの場所に行ったら、また、男の子がいた。
けれど昨日とちがって、やわらかそうな着物から出るうでや、足に、青いアザが出来ていて。
「自分の気持ちを、すなおに言ってみたらナマイキだと言って、なぐられました」
するとわたしが何か言う前に男の子が言った言ばに、わたしは目を丸くした。
「わたしが昨日、言ったから。自分の気持ちをすなおに、言ってみたの?」
「…はい」
「そう、なんだ。けしかけたみたいで、ごめんね。けれど今、どういう気持ち?」
「とりあえず、なぐられたところが痛いです。そして、あなたに、」
そこで男の子は顔をゆがめると、ジワリと目になみだを浮かべた。
わたしはびっくりして、また目を丸くする。
「あなたが、わたしをけしかけたんです。そしてわたしは、行動した。だから、だから、…ほめて、下さい」
そうして、つかれた、なんていう風に泣くこの男の子。
わたしはそんな男の子を少しながめてから、歩き出す。
そして男の子のやわらかそうな頭に、手を置いた。
「がんばったね。…おつかれさま」
「ホンドに、がんばりまじだよ…!小さなことかも、しれないですけど…!」
「けれど、その小さな一歩には、大きなゆうきが、いるだろうから」
男の子が、なみだを目に浮かべたまま顔を上げる。
わたしはうすく、微笑んだ。
「ふみ出した小さな一歩は、きっと、大きくて長い道の、はじまりだよ」
「…そう、思いますか」
「うん、だって、やさしい戦に勝つよりも、むずかしい戦に負ける方がずっと、力になるでしょう?」
男の子はくちびるを少しかむと、下を向いた。
「どうかん、です」
「――そういえば、あなた、名前はなんですか」
――男の子が泣きやみ、けれどまだ鼻をすすりなが、そう問うてきた。
「名字名前だよ。君は?」
「言いたくありません、わたしは自分の名字は特に、そして名前もキライなんです」
「…君は、明日からもここに来るの?」
「いきなりなんですか」
男の子はショックを受けたように顔を強ばらせる。
「もしかして、もうわたしはここに来ちゃダメですか」
「いや、ただ、君が明日からもここに来るなら、名前が分からないと、君のことを呼びづらいなあ、と思って」
「…あ、ああ、そ、そそそそういうことでしたか」
「…どうしたの、寒いの?」
「いいえ、大丈夫です。そして名前のことですが」
男の子は真っ直ぐに、わたしを見た。
「名前さんが付けて下さい」
わたしは目を丸くした。
「わたしが?」
「はい、わたしをよぶ用に」
「…なんでも良いのかな」
「別に、かまいません」
じゃあ、と、にこっと笑う。
「ラク、ってよぶよ」
「ラク、ですか…?」
「そう、漢字にしたら、楽しい、っていう字。君は少しも、笑わないから」
するとラクは笑った。
馬鹿にするように。
「ずいぶん安直ですね」
「そういう笑いを望んでたわけじゃないんだけどね」
「あなたはとても、キレイに笑いますよね。…せんそうこじになってしまって、林の中で暮らしているのに」
いや、だからわたしは、せんそうこじじゃないよ。
と思ったけれど、そういえば昨日、わたしは自分でそう、ウソを吐いたな、と思い出して、何も言わないでおく。
「世界がどうであれ、わたしを決めるのは、わたし自身だから。それならわたしは、楽しく生きたい」
「……」
「林の中で暮らしていたって別に、…笑える」
お父さんもお母さんも、いないけれど。
いないのに笑ってて良いのかな、とも思うけれど。
「自分の歩き方を、自分だけの歩みを、自分だけの方角を見つければ、世界はあまり、かんけいないよ」
「…じゃあわたしは、あなたが付けてくれたラク、という言ばのいみ通りに生きていけるように、がんばりますよ」
「ラクはウソが下手だね、ぼう読みだ」
120122