真っ直ぐ重力に従って落ちてくる雨は、私を濡らし、濡らし、血に濡れた体を流してくれる。
木に寄り掛かりぼうっと目を開いているだけの視界はただ風景を写すだけ。
冷たい雨は頭を冷やし、体を冷やし、そして感情をも冷やしていく。
熱く感じるのは、ただやけに鳴り響く心臓だけ。
「ヒヒッ!女が一人か」
「こりゃまた楽な場所に来たもんだな!」
「さっさと済ませて他の奴ら殺りに行こうぜ」
「…いや、この女で楽しむのもアリだぞ!ヒャヒャ!」
対峙する天人数十人を見据えた。
私の側には誰も居なくて、一人。
――今日は戦が特に激しい。
一緒に居た人達とも天人に分断されてはぐれてしまった。
笑いながら近付いてくる天人は腕を伸ばしてきて、私はそれを、戸惑い無く斬り落とした。
「ぎゃああああ!!!」
自身の腕から吹き出る血飛沫と痛さに叫ぶ天人。
「なッ…!女ァ!」
一気に殺気立つ天人に、内心で馬鹿だと呟く。
冷静さを失い感情だけで刀を振るう者は――
「がァッ…!」
隙だらけだ。
「名字…?!」
すると私を呼ぶ声がして、天人を斬りながら見れば、はぐれた内の一人。
木の影から出てきた彼は肩から血を流し手で抑えている。
彼に気付いた天人は当然逃がす訳も無く向かっていき、彼も眉を寄せながら応戦し始めた。
「…チッ」
私は小さく舌打ちをした。
――彼が私を呼んだのは、私を助けようと思ったからだ。
けど私はあいにく彼より弱くない。
この数の天人を倒せると、言えるんだ、私は。
でも彼は――違う。
死ぬかもしれない。
私を助けようとして、死んでしまうかもしれない。
そんなの、絶対に嫌だ。
偽善じゃなく。
自嘲気味に笑いが零れる。
そう、偽善なんかじゃない。
私は、ただ、迷惑なだけなんだ。
私は大丈夫なのに、私を護ろうとして彼が死ぬかもしれないという事が。
――ホラね、偽善じゃない。
偽善よりも質が悪い。
「なに笑ってやがる!」
力任せに斧を振り回す天人の攻撃を簡単に避け、私を狙っていた天人とぶつからせ自滅させる。
もう数人になった天人の数を確認しながら、私は、
「がッ…!」
肩から胸にかけてを斬りかかられた彼を見た。
―――…最悪だ…。
私は周りの天人達の攻撃を避けながら、既に死体となって転がっている天人の刀を掴み取り、彼に斬りかかった天人の腹目指して投げ付けた。
ぐさり、貫通。
残った天人二人の首を一気に掻っ斬る。
「は…っ、はぁ…」
流石に息が荒い。
視線の先には倒れた彼。
私は彼に近付き、そして膝をついて彼を見た。
「…名字、…」
「………」
「…お前、を…お前、を…助けれて、良かっ…た…」
「………」
「俺の分ま、で…生き……」
――彼は動かなくなった。
満足げに、でも悲しそうに微笑んで、彼は動かなくなった。
彼の目は開いていて、そのまま彼は動かなくなった。
他人を背負って生きる。
それがどれ程辛くて苦しい事か、知らずに、分からずに死んだんだな、なんて思う。
私が喜ぶと思ったのか。
生かしてくれて、私の代わりに命を捧げてくれて、礼を言うと、感謝の念を抱くと、思ったのか。
――私は彼の名前すら知らなかったのに。
正確に言えば『覚えてなかった』だけど。
「……気分悪い…」
犠牲、なんて称賛すべきものでも何でもない。
他人の為に自分が身代わりになって死ぬなんて、ただの自己満足だ。
自己満足なんだよ。
100111.