松陽先生が前に、いる、けれど変な感じだ。
松陽先生と目線が近くて…昔はもっと、当たり前だけど、離れて、いたから。
「松陽、先生」
「成長しましたね、名前」
「どうして、」
どうして、居るのか。
生きて、いるのか。
けれどさっき松陽先生は、私は死んでいないって…。
それならここはどこで、松陽先生はどうしてここに居て、…そして私も、ここに居るのか。
「私の、夢…です、か」
「ふふ、夢かどうかは置いといて、私は名前、あなたに会えて嬉しいです」
「…私も、とても…嬉しいです、松陽先生」
松陽先生はにっこりと笑うと、けれど、と言う。
「そうゆっくりと再会の喜びに浸っているわけにもいきません。あなたはあなたの世界に、帰るから」
――私が知っている、世界の真理。
それは、世界はいくつもあるということ。
だから、もし死後の世界なんてモノがあるなら、けれど私は驚かない。
「松陽先生」
「はい、名前」
「私が、私の世界に帰るということ…それはつまり、私は生きると…そういうことですよね?」
「そうなりますね、…ふふ、あまり嬉しそうには見えませんが…やはり今でも、死にたい、と…そう思っているのでしょうか?」
「お願い、離して…死なせてよ…!」
私は目を伏せる。
「いつもみてえに、背筋を伸ばせ。ちゃんと目ぇ開いて、周りを見ろ。そして肺の奥まで、息を吸いやがれ!」
「お前が今まで取って、背負っていった重くなった荷物は、今度は俺らが、取って、背負ってやる。隣に並んで、一緒にだ」
「だから、死にてえなんて絶対に、言うんじゃねえ!!」
「私…こわいんです」
「こわい…?」
おうむ返しに、頷く。
「銀時達から、生きろ、と…そう、言われました。隣に並んで、荷物を支え合って、一緒に歩いていってやる…とも彼らは言ってくれました」
「……」
「けれど、彼らが、私が一緒に歩いていくことを許してくれても…私自身が、私があの場所に立つことを、認められません」
顔を上げる。
松陽先生を見る。
松陽先生はひどく優しい眼差しで、私を見ている。
「ふふ、名前、あなたのその嘘吐きなところ…変わっていませんねえ」
「う、嘘吐き…?私は今は何も、嘘なんて、」
「いいえ、…名前、あなたは自分自身が生きることを、もうずっと、昔から許していますよ。いいえ、本当は許す、なんて言葉じゃありません」
松陽先生が一歩、音もせずに私に近付く。
「昔、言ったでしょう?死んでもいい人など、いないと。だって人は、生きる為に、生まれてきたのですから」
「死んでもいい人間なんて、居ないんですよ」
「人は生きるために、生まれてきたのですから」
そうして松陽先生は、私の胸の前に手を伸ばした。
「名前、あなたの命の炎は、あなたを信じて、燃え続けている」
「――!私の…命…」
「あなたの身体を揺らす鼓動は、あなたの命の願い。生きろ、生きろと。心臓が動き血が巡り、息をする…それら全てが、あなたの生の源です」
松陽先生がゆっくりと、手を下ろす。
私はゆっくりと、自分の胸に手を当てた。
本当は手首や首、脈を測りやすい部分のほうが、直ぐに分かるかとも思ったのだけれど、今は、心臓を直に、感じたかった。
――呼吸をする。
けれどあまり手に、鼓動は伝わってこない。
目を閉じる。
身体の内側に、意識をやる。
すると動いた、心臓が。
確かに、動いたんだ。
当たり前のことだと、そう私も思っていただろう。
生きているなら心臓は動く、とね。
けれどこの当たり前のことが、どれだけ嬉しいだろう。
「――名前、あなたには生きる資格が無いと…そう、思いますか…?」
――私は、歯を食いしばるようにして微笑んだ。
そして…首を横に振る。
「松陽先生、私は…」
「ふふ、大丈夫。もう私には分かりますよ。そしてあなたのその言葉の続きを聞く人は、ほかに居ます」
首を傾げかけた時、まるでこの場所全体に響くかのように、聞こえた。
「――名前!」
私の名を呼ぶ、声が。
120121