「おい、今すぐ船を上空に戻せ…!じゃねえと斬る…!」
幕府の船員の首に刀をあて凄む晋助。
同じような位置に降下している小太郎、辰馬、晋助の船の船員達も、驚きに目を見開いたり、唖然としながら、上空に浮かぶただひとつの船を見上げている。
――宇宙海賊春雨の戦艦らは既にまとめて、神威らが連れ帰っていた。
「名前さん、核を消すことが出来るって…どうして!」
「それは分からん、だが、何の犠牲もなく為せることではないのは確かだ…!」
小太郎の言葉に驚きの声を上げる神楽、新八に答えたのは、船を見上げる銀時。
「もし何も危険がねえのならアイツはわざわざ、俺達をここに落としはしねえ!」
「――名前さん…?」
「やあ、ラク、さっきぶりだね。普通の状態に戻ってくれて嬉しいよ」
「どうして、戻って来て…彼らの言い方からして、核への策は何か、あったんじゃないんですか…?」
「察しがいいね。まあ、けれどその策も、核の被害を出さずには至らなくてね。だからこうして、戻ってきたよ」
――船内に戻ってきた私は、変わらず床に倒れていたラクへと歩いていくと、その傍に腰を下ろして微笑んだ。
「ラク、…天導衆がこの会話をどこかで聞いていると、いつだか前に言っていたね。その盗聴器は、まだ…?」
「いえ、もう、俺が壊しました。…名前さんと二人で、闇に消えたかったから」
ラクの言葉に私は、少し目を丸くする。
けれどこぼすように微笑んで、ラクの髪に手をやり、撫でた。
「どうしよう、どうしようかな、私は頑なに、ひとりで闇に消えると言っていたし、その考えは今も、変えたくはないよ」
「……」
「けれど…今、十二時五十五分。核が爆発するまで、あと五分しかない…はっきり言って、君をこの船から出すまでにその五分を、使いきってしまうと思うんだ」
さっき銀時達を落とした時のように、刀で床を斬る…と言っても、私が今持っているのは、いつも持ち歩いている短刀だけ。
それに第一、この部屋のどこを斬ったって、ラクを外に出せるまでには、たどり着かないだろう。
…残されているのは、ラクも道連れにしてしまうことへの、覚悟を決めること…多分、それだけだ。
「名前さんは…優しいですよね」
するとラクが言った言葉に、少し疑問符を浮かべる。
「俺を媒体にして闇を出現させれば、俺と、核が消えて、けれど名前さんは消えない…なのに貴女はそんな選択肢を、考えもしない」
「…どうせ実行しないことを考える必要は、ないからね」
微笑んだ私に優しく笑み返したラクは、目を閉じるとゆっくり息をついた。
「ねえ、名前さん…俺は貴女を、愛しています」
「ラク…」
「けれど、違う、それよりももっとこう、…崇拝、っていう言葉が、一番近い」
笑みを浮かべるラクに、私も息をつくように笑う。
「名前さんは俺を、救ってくれたから」
「…いつかの自分より変わったと、そう思っているのならそれは、他の誰でもない、君が変わろうとしたからだよ」
「名前さんらしい、言い方ですね。確かに昔も貴女は、似たようなことを、言っていた。…周りがどうあれ、君を決めるのは君自身、って…」
笑ったラクは、また息をつくと目を開けた。
「ねえ、名前さん…俺は貴女に、もっと自分のことを見て欲しかったんです」
「……」
「だから名前さんと、二人だけであの闇の中に溶けて、名前さんに自分のことを見てもらいたかった」
音は無く、時計の針が進んだのが視界の端に入る。
「――でも、さっき…彼らに言われて、やっと分かった、気づけたんです」
「先生に怒られても変わらず、名前がその場所に居た理由は、なんだ。まだ、分からねえのか」
「テメェがその場所に、来るからだろ」
「名前さんが俺のことを、見て、くれていたことに」
ラクは、泣きながら笑った。
本当に、幸せそうに。
「だから、ねえ、名前さん」
けれど何故だか、私を見上げたラクの瞳を見た瞬間、私の心臓が重く鳴った。
まるで必死に、警告するように。
「俺は、名前さんが生きていることを、愛してます」
その瞳を、私はどこかで、見たことがあった。
酷く優しいあたたかさを灯した、瞳。
「生きなきゃいけませんよ、名前」
「 」
それは、闇に消えていく時の、松陽先生の瞳。
松陽先生の最期のときの瞳に…似ていた。
「待って、ラク…!」
「―― 」
男の口がそう形作ったのは見えた。
――けど、無音声だった。
紡がれた言葉は空気を震わすことはなく、その言霊は何かによってもぎ取られた。
男の後ろにブラックホールのような漆黒の影が見えたかと思えば、男はそれに吸い込まれた。
影に喰われるように。
―――無音のままに。
「イヤだ、待って…!」
闇は床をのんで、壁をのんで、…核を、のんで。
そうして船をのんで…晴れた空が、見えた。
晴れた空は何も変わらず、綺麗な青を、まとっている。
まるで、核なんて最初から、無かったかのように。
「ラク…!!!」
まるで、ラク、なんて一人の人間は、…最初から、居なかったかのように。
120115