「ウ、ウオアアア!」
断末魔を上げるラクは、私を振り払うように腕を振って。
抗うこともせずに、ラクの左肩に差した刀から手を離した私はそうして飛ばされ、少し距離を取って着地した。
今にも倒れてしまいそうになりながら身体をよろけさせつつ、けれど足の指に力を入れて、しっかりと床を踏みしめる。
今倒れてしまったら私は、きっともう、起きあがれない。
唇を噛みしめた私は、左手で脇腹をおさえる。
そして右手で、腹に突き刺さったままの刀身を握り、ゆっくりとそれを引いた。
半分以上が血に濡れている刀の先から、床に血が滴る。
私はその血の溜まりを見下ろして、そして止まらない血にぐっしょりと濡れている自身の腹の着物を見た。
口の中は、血の味がする。
刀を持った右手を上げ甲で、口元を拭った。
「ウ、ウアア…!」
ラクは未だ、左肩をおさえて苦しんでいる。
どうしようか、ラクをこの状態から、戻したいのに…このままいけばラクが戻る前に、出血多量やらで私が死ぬ。
けれど私は、核をあの闇で消し去ることで、死ぬんだ。
核を消す前に死ぬことは、絶対に出来ない。
「もどって、欲しいな」
痛さから、苦しさからラクを見ながら言う。
今、この状態のラクを船から出すことは、特に、今の私じゃ出来ない。
けれど、核はあの闇で連れていくと、そう決めた。
私は腕を上げて時計を見た。
十二時、四十分。
核は四十五分で作動する。
さっきラクが核を起動させたのが、およそ十二時十五分だったから、このままいけば一時に、江戸は核に包まれる。
「名前さんの居る場所が、俺の場所です。だから、ねえ、名前さん」
「俺も連れていって下さい」
ラクがこの船に居るかぎり、核を消そうとすればあの闇は必ず、ラクをも包み込んでしまうだろう。
私はそれは、望まない。
「この船から、出ていくんだ、…ラク」
乱暴に左肩から刀を抜いたラクはそれを床に捨てる。
そしてまた、私を見た。
「私はもう、見たくないんだよ」
「だってわたしは、今のあまんとだけじゃない…!父と、母を…消したんだ!」
「吉田松陽は、今の貴女の言うように消えましたよね?自らを媒体にし、自らを求め狙いに来た天人達を、道連れにして」
「まあどちらでも良い。―教えろ!我に!教えるんだ!理解させろ!世界の」
「誰かが私の目の前で、あの闇にのまれてしまうところなんて、見たくないんだ!」
「ウ、アアア!」
咆哮したラクが、私に向かって走り出す。
――世界の真理。
それが詳しくは、そして全体的にはどのようなものなのかは、分からない。
けれど私はその、世界の真理を理解している者。
震える右腕を意地で上げて、刀身を両手でつかみ構え、刃の先をラクに向ける。
避けることは、出来そうにない、足が動かない。
けれど、この構えた刀でラクの攻撃を完全に防げることも、出来ないだろう。
――世界がいくつもあることは知っている。
げんに私は昔、セイの世界に行った。
けれど、そのことを知っていていったい何になる。
――昔私は天人を、誰かを殺すことで心が折れそうになって、誰かを殺すことが罪じゃあない世界もある…とそう、無理矢理自分を納得させた。
ラクが私に向かって走ってきながら、右手を振り上げる。
じゃあ、世界がいくつもあることを知っている私はどう考えれば良い?
今の状態のラクだって、簡単に倒せる世界があるさ。
私だって少し、この世界の思想や概念のリミットを外せば簡単に、倒せるよ。
…と、そう、考えれば良いのかな…けれど、
「そんなこと、知らない、分からないよ…!」
私はこの世界で生まれて、そして、生きてきたのに…!
――目をぎゅうっと瞑った瞬間、後ろから銃声がした。
ハッと目を開くと、さっきの私の弾丸とは比べ物にならないものがラクの右肩にあたり、私へ斬りかかろうとしていたラクの体勢を崩す。
「辰馬、」
後ろを振り返った私は震える声で、ラクに向けて片手で拳銃をかまえている、辰馬の名を呼んだ。
けれどその時、私の横を風が吹き抜けて…私はまた、ラクへと振り返る。
そこには飛び上がると、体勢を崩したラクの右手、四本の刀へと腕を振り下ろす、晋助の姿があって。
「晋、助」
床に着地する晋助の少し後に、四本の刀が床に落ち転がって金属音が響く。
すると同じような音が、ラクの左手の場所からもして。
「小太、郎」
そこには三本の刀を斬った、小太郎の姿があった。
そして、どうして、と呟く私の声を、後ろからの雄叫びが消し去って。
「――銀時」
床を蹴って飛び上がった銀時はその木刀で、ラクの身体を肩から腰にかけて斜めに、たたき斬った。
120113